アドビスタッフに聞く「ハリウッドへオフィスを構えた理由」 フィンチャー作『Mank/マンク』をはじめとした“密な連携”の裏側に迫る
デビッド・フィンチャーはPremiere Proの何を気に入っているのか
――Premiere Proを導入しているデビッド・フィンチャー監督は、1つのカットで100テイク以上撮ることもあることで知られています。それだけ大量の素材を編集していることになりますが、やはり膨大な素材の管理のしやすさが決め手で、Premiere Proを選んだのでしょうか。
マイク:フィンチャー監督は、ダイアローグの魔術師と言われているほど台詞のしゃべり方や抑揚などにこだわる監督です。彼が1カットに100テイク以上重ねることがあるのは、台詞へのこだわりの反映と言えます。どういうことかというと、彼は数多くのテイクから、それぞれの役者のベストの台詞を選ぼうとしているわけです。
例えば、Aという役者の芝居はテイク3がベストだったとします。しかし、役者Bの芝居はテイク5の方が良いということがある。フィンチャー監督は、そういうことをとても気にかけるのです。そうやって2つの芝居をつなぎ合わせるのに「分割画面」機能を使っています。こういう作業をすぐにできる点をフィンチャー監督は気に入っているのだと思います。
それと、フィンチャー監督はVFXにも緻密なディテールを求めます。彼の編集チームはある程度のエフェクトをPremiere Pro内で作った後、弊社の別のソフト、Adobe After Effectsに送ってエフェクトを入れた後に再びPremiere Proにデータを戻します。この作業を頻繁にやるので、After Effectsの連携が取りやすいのも彼がPremiere Proを選んだ理由になると思います。『Mank/マンク』にも2つのソフトの連携で作ったシーンが数多くありますが、1つ具体例を挙げると投票をみんなで見ているシーンなどがそれに該当します。
――フィンチャー監督の編集チームに、アドビさんはPremiere Proのプライベートビルド版を提供していると聞きました。これは具体的にどういうものなのでしょうか。
トッド:プロダクション機能の開発には長い時間がかかりました。そのため、我々は4つのフェーズにわけて開発を行ったのです。そのためには、プロの意見をフィードバックしてもらいながら、それを開発に活かすことが大切で、プライベートビルドはそのために提供しています。従来の製品版に少量の機能を実装したものを使ってもらって、フィードバックしてもらい、その意見を反映させて新しい機能を作り上げています。
ですから、去年リリースしたプロダクション機能は、フィンチャー監督とその編集チームのフィードバックを多大に参考にしました。
4つの開発フェーズのうち、最初に取り組んだのはプロジェクトロッキングというもので、これは複数のチームで作業する場合、誰がどのプロジェクトを明確にし、他の誰かが触れないようにするためにロックする機能です。次に複数のプロジェクト同時に開く機能を作りました。3つめに取り組んだクロスリファレンスという機能が最も重要で、これは複数開いたプロジェクトの中から、メインで編集しているパートに、別のプロジェクトの素材が必要になった時にすぐに照会できる機能です。編集中のプロジェクトの処理が重くなることなくいろいろなプロジェクトから素材を持ってこられるようになります。4つめはプロダクションパネルと言って、どの素材がどこにあるのかをコントロールパネルで一望できるような機能です。
――では、そうしたフィードバックを反映させて、最終的に出来上がった形が製品版としてリリースされるわけですか。
トッド:その通りです。もちろん、フィンチャー組以外の顧客の意見も反映されています。
――そうしたプライベートビルドのサポートを受けるには何か条件があるのでしょうか。
トッド:こうした特別なサポートを我々はエンゲージメントプログラムと呼んでいます。フィンチャー作品の他、近年では『ターミネーター:ニュー・フェイト』もエンゲージメントプログラムで関わっています。確かにハリウッド映画を中心にこうしたプログラムを行っていますが、一般のカスタマーにもパブリックベータプログラムとして似たようなものを提供しています。開発中のバージョンを、Premiere Proをサブスクライブしている人なら誰でもアクセスできるようにしており、そのフィードバックも我々にとっては貴重なものです。フィンチャー監督のような特別な顧客だけでなく、多くの人の意見を参考に我々はいつも開発を行っています。