『風、薫る』の家族観は“現代”を描いてきた? “疫病”と“非血縁”をめぐる新しい共同体

『風、薫る』の家族観は“現代”を描いてきた

 一方、家族の在り方についても、2人の母親が娘を育てるというユニークな形となっている。 

 りんが新潟に向かった後、直美はりんの母親・美津(水野美紀)とも一緒に暮らすことになるのだが、第85回で美津は「直美さんが環の2人目の母ならば、私は直美さんの2人目の母ですからね」と語りかける。

 このやりとりがあった第17週では、直美が実の母・柳川文(内田慈)と再会する姿が描かれたのだが、天涯孤独に思えた直美が実は周囲の人々から愛されて育ってきたことがはっきりとわかる回だった。それは直美を見守ってきた牧師・吉江善作(原田泰造)との関係においても同様で、物語が終盤に向かう中で彼が直美にとって父親のような存在だったことがはっきりとしてくる。

 実の親に捨てられた直美だったが、彼女は育ての親に恵まれ、愛されて育った。その意味で血縁家族ではなく疑似家族に救われたと言える。そんな彼女だからこそ、環の第2母親になるというアクロバティックな発想を思いついたのだろう。これは彼女が病院を辞めて、自宅に看護婦を派遣する日本発の派出看護婦会となる「恵風看護婦会」を立ち上げたこととも繋がっているように感じる。

 おそらく孤児として育ち、教会や長屋のコミュニティで守られてきた彼女にとって看護の仕事は、疑似家族的なコミュニティを外側に広げていくことだったのだろう。

 これはシマケンこと島田健次郎(佐野晶哉)にも言えることだ。

 小説家になる夢を挫折した彼は、多額の借金を作り逃亡した兄の代わりに、実家の浜松へと戻り、叔父として甥の文史朗(蒼井旬)の成長を見守る義理の父親となっていく。

 同時にシマケンは環のことも優しい叔父さんとして接してきた。

 環は絵の道に進むかどうかで迷っていたときに、再会したシマケンに、進路の相談をするのだが、そのときはかつて小説家を志した創作者という立場から相談に乗っている。

 文史朗と環にとってのシマケンはいわば「第2のお父さん」と言える存在だ。

 環が進路に悩む第24週には、彼女の実の父親で幼少期に別れた奥田亀吉(三浦貴大)が再登場し、結果的に環の相談相手となるのだが、亀吉とシマケンがそれぞれの立場から環の相談相手となる姿を観ていると、複数の父と母が子供を見守る家族の在り方を本作が描いてきたことがよくわかる。

 『風、薫る』では、人間関係が流動的で人の出入りが激しく、そのことによって世間から孤立している人たちの姿が繰り返し描かれるのだが、既存の家族の枠組みから外れているからこそ、それぞれの繋がりを大事にして緩く広く繋がっていく共同体のイメージはとても現代的だ。

 例えば最近では生方美久が脚本を担当した連続ドラマ『Tシャツが乾くまで』(TBS系)でも、家族や恋人といった既存の枠組みや肩書に縛られない「名前のない関係」が、新しい共同体のイメージとして最終話で提示された。

 『風、薫る』は明治時代のドラマだが、疫病が流行り、戦争が勃発する中で生きているりんたちの日常を観ていると、コロナ禍を経て、世界中で戦争が起きている現代の空気とどこか重なるものがある。

 そんな混沌とした日常を生きるために、看護を軸にした緩やかで広がりのある家族の姿を本作は描いたのだ。

■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK

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