川口春奈の演技はなぜ胸を打つ? 『ママがもうこの世界にいなくても』が問う俳優の覚悟

『ママせか』川口春奈の“俳優の覚悟”

 俳優の仕事とは、フィクションの世界に身を置き、与えられた役として生きること。それは一朝一夕に成し遂げられるものでなければ、運良く成立するものでもない。登場人物を血の通ったものとするには、それ相応の代償が必要となる。俳優は演じる役の最大の理解者となり、その身を差し出さなければならない。

 私たちは映画やドラマをとおして日常的にこの営みに触れているわけだが、コンテンツが溢れているがゆえか、ときにその苦労を想像することを忘れてしまう。だが、『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』の川口春奈の演技に触れた多くの人が、「俳優とは何なのか?」ということに思いを巡らせているのではないだろうか。

 本作は、ステージIVの大腸がんとなり、若くしてこの世を去った遠藤和さんによる同名書籍を映画化したものだ。青森で恋人の将一(高杉真宙)と幸福な日々を過ごしていた主人公・和(川口春奈)は、深刻な病に冒されて余命を宣告されながらも、彼と結婚して家族となり、自分たちの子供を産むという命がけの選択をする。これは実際にあった出来事の映画化。俳優たちは手にした台本に描かれている物語に生命を吹き込み、この映画を観ることの叶わない和さんや、彼女を支えた人々の想いを背負いながら、それぞれの役を生きることになったはず。私たちの想像の及ばないほど大きな覚悟を要することになったのは間違いないだろう。

 封切りから早くも4週間が経過したが、本作はいまも話題作であり続けている。上映尺は124分。ショートコンテンツが広く求められているいま、本作は決して短い尺の映画とは言えない。ホラーやサスペンスといった刺激的なジャンル作品のほうが広く受け入れられる現代において、本作はそれらの対極に位置付けられる作品だろう。なぜなら、それは実話をもとにした映画なのだから。

 実際に起きた出来事というのは、要約するにも限界がある。いや、そもそも人の生きた時間を要約なんてすべきではない。そういう声もあるだろう。できることならかいつまむことなく、そのすべてに触れたいもの。しかし映画化するにあたって、本作からこぼれ落ちてしまった実話はいくらでもあるに違いない。それでもこの映画は、124分ある。瞬時に刺激を得られるコンテンツがもてはやされるいまの時代において、やはりその対極にある作品だろう。そのような作品がなぜ、多くの観客の胸を打っているのか。その最大の理由は、本作が描いているのが本当のことであり、これを主演の川口たちが力演によって体現してみせているからだろう。

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