『Tシャツが乾くまで』終盤の展開を徹底考察 否定的意見が主張する“失速”はあったのか?

最終話は、そこから咲子と充が、“名付けられない関係”へと移行していくまでの、二人の結婚生活の後処理を描いていく。夫婦とも、恋愛関係とも、友人とも、まして完全な他人とも言い切れないような関係……。それは、これまで描かれてきた充とあずさ、あるいは咲子と樹生の関係にも近いものだろう。つまり咲子と充もまた、同様に既存の呼び名では括れない関係を選ぼうとするのである。
こうした結末は、本シリーズが一貫して描いてきた、人間の感情や、人と人との理想的な関係性は、一つの見方や価値観だけでは捉えきれないという感覚にもつながっている。夫婦だからこうあるべき、恋人ならこうあるべき、といった既存の枠組みからこぼれ落ちる感情を、こぼれ落ちたまま受け止めてみようとする。その意味で、本シリーズの結論自体が、このドラマがここまで積み重ねてきたテーマの延長線上にあることは確かだろう。
だが果たしてわれわれは、それをどのように受け止めればいいのだろうか。例えば、このドラマを毎週観ていた夫婦が、最終話の二人の決断を見届けたうえで、「よし、うちもこの関係になってみよう」と考えるかといえば、なかなか難しいのではないか。そこには、どうしても現実との距離がある。二人の新たな関係を、ほとんど机上の空論のように感じてしまう視聴者は少なくないはずだ。
実際、結婚という関係には、二人の気持ちだけでは片づけられないものが数多く存在する。互いの両親や親族との関係、家族としての体面、住居や仕事、経済的な問題、そして法律や制度によって与えられている権利や責任。そうしたものを一度すべて引き受けたうえで離婚し、それでも親密な関係を保ち続けるという選択には、相応の困難や精神的な疲弊がともなうはずだ。
その点、咲子と充は、そもそも親との関係が希薄で、一般的な夫婦が抱えるような、結婚をやめることによるしがらみを比較的受けにくい状況に置かれている。だからこそ、二人が夫婦という名前を外す決断に至ること自体は、それほど難しくないように見える。しかし、それを見た視聴者の側には、「この二人だから、そういう選択ができるのでは」という疑問が残るのではないだろうか。
そう考えると、脚本上、最初から離婚しやすい夫婦の条件を整えた上で、二人を離婚させたようにも見えてしまう。もちろん、制度や世間から自由になった二人を描くこと自体が悪いわけではない。問題は、その自由を選び取るために、多くの人々が背負わなければならないものを、十分に描いていないことだと考えられるのである。
いまの日本社会は、われわれ大衆にとって、ますます生きづらい状況になってきているといえる。物価が高騰しているにもかかわらず、収入はなかなか上がらない。経済的に困窮する家庭が増えているのはもちろんのこと、かつて日本の人口の大部分を占めていた中流階級的な生活を、この先いつまで維持できるのか、老後は大丈夫なのかといった不安が、社会全体に蔓延している。
本シリーズ前半は、あの凄惨なバス事故という突発的な不幸を通して、そうした現代の日本社会に漂う焦燥感に、どこか寄り添っていたように思える。もちろん、現実にあのような事故が起こり得るという意味ではない。むしろ、これまで続いてきた日常が、ある日突然、何の前触れもなく壊れてしまうかもしれないという感覚である。
だからこそ、蒼井優をはじめとする俳優たちが、突然訪れた悲劇に翻弄されながら、それでも日常を生きようとする姿が、視聴者の胸に響いたのではないだろうか。事故の真相を追うミステリーとしての面白さだけではない。自分たちが当たり前だと思っている生活も、実はそれほど確かなものではない。そんな感覚を、登場人物たちの悲劇を通して疑似体験させてくれたことが、前半の強い吸引力につながっていたように思えるのである。
そうした空気に対して、本シリーズ後半で前面に出てくる関係性についての価値観や、結婚制度さえも軽やかに乗り越えようとするラストへの展開は、やや現実から遊離したものであり、比較的切迫感に欠けたものとして映ったのではないだろうか。それよりもいまは、生活そのものの維持という、より過酷な状況が優先されがちなのである。そう考えれば、「後半に失速した」と主張する一部の視聴者の意見にも、頷けるところがあるのではないだろうか。
とはいえ、Tシャツや洗濯といった、一見地味でありふれた生活のなかでこそ、人間の感情や“怖さ”……つまりは情念が描出できるという感覚は、「トレンディドラマ」が流行る以前、“人間を描く”ことにこそ注力していた、昭和の時代のドラマをリバイバルしていると、本シリーズを見ることができる部分である。
本シリーズ『Tシャツが乾くまで』が、実験性や優れた表現を達成しながら、一方で不足している部分もあることで、賛否が分かれたことは確かだろう。しかし、いずれにせよ、このような手法の作品が、いま多くの視聴者を惹きつけることに成功したという事実自体が興味深い。こうした手法の復権と視聴者の注目は、これからの日本のドラマ界にとって大きな収穫だといえるのではないだろうか。
■配信情報
金曜ドラマ『Tシャツが乾くまで』
U-NEXT、Netflix、TVerにて配信中
出演:蒼井優、中島歩、高橋文哉、齋藤飛鳥、庄司浩平、飛永翼、久保田薫、夏帆、臼田あさ美、リリー・フランキー、松山ケンイチ
脚本:生方美久
演出:土井裕泰、塚本連平、小牧桜
音楽:haruka nakamura
主題歌:スピッツ「見知らぬ糸」(Polydor Records)
プロデューサー:千葉行利、宮川晶
製作:ケイファクトリー、TBS
©TBS
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/tshirt_ga_kawakumade_tbs
公式X(旧Twitter):@tshirts_tbs

























