『Tシャツが乾くまで』咲子と充はなぜ別れたのか? 離婚の裏にあった“好き”の選択

これ、別れる必要ある……?
『Tシャツが乾くまで』(TBS系)最終話。咲子(蒼井優)と充(松山ケンイチ)の、“お互いに大好き”な関係性を見ながら何度もそう思った。離婚届を書いたくせに、洗濯物は乾いてほしくない(乾いたら、充が出ていかなければならないから)。お別れの時間がくるのが寂しくて、2人は相手に内緒でシーツに霧吹きをかける。だったら、一緒にいればいいじゃん! そんな野暮なことを言いたくなるほど、2人の間にはまだ愛情が残っている。それでも、咲子は離婚を選び、充も最後にはその決断を受け入れた。
では、なぜ、2人は別れなければならなかったのか。全10話を振り返ってみると、自由に生きてきたように見える咲子と充だが、実は人一倍“こうあるべき”というフィルターに縛られていたことに気付かされた。
まず、咲子は充の前に4回の結婚と離婚を繰り返している。この経歴だけを見れば、彼女は世間の“普通”からは少しズレているようにも思える。わたしも、この事実を知ったときは、自分の気持ちに正直に生きてきたタイプの女性なんだろうなと思った。「結婚したんだから、簡単に離婚をするべきではない」とか、そういうことは考えないタイプの。
しかし、物語が進むにつれて、むしろ逆なのではないかと思うようになった。究極の過干渉な母親に育てられた咲子にとって、家庭は心を許せる場所ではなかった。嫌なことをいいことだと思って押し付けられて、拒否をすると泣くかヒステリーになる。やっと落ち着いたと思ったら、「どれだけ大変な思いをして産み、育ててきたのか」という大演説が始まる。
そんな家庭で育ったからこそ、咲子は家庭に対する理想が高まりまくってしまったのだと思う。自分の気持ちを尊重してくれて、何があっても味方でいてくれる。実家では手に入ることがなかった安心できる家庭をパートナーに求めようとするあまり、自分も相手も疲弊してしまった。
充と夫婦になってからも、咲子はその理想に囚われ続けていた。しかし、充が失踪したとき、気づくのだ。「なんで、今まで家族とか夫婦って形にこだわってたんだっけ?」「親と不仲でも、夫いなくても、全然孤独じゃないじゃん」と。関係性に名前がなくても(いや、名前がないからこそ)一緒にいて居心地がいい樹生(中島歩)がいる。思っていることをズバズバ言い合える千鶴(臼田あさ美)のような友人もいる。別れても、ピンチのときには手を差し伸べてくれる篤彦(井ノ原快彦)のような元夫だっている。
だからこそ、咲子は充を家族という形でつなぎ止めておく必要がなくなった。






















