『Tシャツが乾くまで』はなぜ“普通の夫婦”を描かなかったのか “逃避”が2人を守る理由

『Tシャツが乾くまで』逃避が2人を守る理由

 充は、目の前の人に合わせることに極端に長けた人というより、同調せずにはいられない人なのだろう。唐突に見える宿泊も、相手の懐に入り、その場の空気に自分をなじませることが、彼なりの処世術であり、身について逃れられないサガのようなものだとすれば納得できる。

 もう少し踏み込んだ想像をすれば、充の失踪癖の理由として語られてきた生い立ちにも、違う見え方が出てくる。親にもっと関心を持ってもらいたかったという気持ちは本当なのだろう。けれど、もしかしたら親の突き放すような態度に同調し、その場から離れるという態度を反射的に取ってしまった。

 だが、失踪という他者には理解されにくい行動を繰り返すうちに、その理由が周囲も充自身も納得できる言葉として輪郭を得ていった。原因が先にあり、行動が生まれたという一本道ではなく、行動したあとから原因を探すこともある。そうしなければ、前に進めないことも。人間の想像力はたくましいけれど、同時に自分の「知っている」を超えたところには、なかなか着地できない脆さもあるからだ。

 そうだとすれば、1年間実家に身を寄せていたことも腑に落ちる。咲子が訪ねてきたとき、母親が充の嘘に付き合っていたことも踏まえると、少なくとも充の親子関係は咲子が受け取っていた像がすべてではなかったように感じた。不満はあるものの、同じ家で過ごすことが「無理」というほどではない。

 それでも「親の死に目に会いたくない」と、霊柩車を見ても親指を隠さない咲子の前では、充も自然と同じように「無理」というスタンスを取っていた。目の前の人によって自分が揺れ動く。その状態が「無理をしている」ことなのかどうか、充自身にも判断がつかない日々を過ごしていたのかもしれない。

 だからこそ、相手といることに苦しくなったら、嫌いになる前にいったん自分を消して、どこかへいなくなりたい。そんな気持ちになったのかもしれない。というのも、あくまで想像の話だけれど。

離れることが、独特なふたりの切実な選択に?

 一方、咲子も、過去の免許証写真を並べてみると、結婚相手によって見た目を変えてきたことがうかがえた。過干渉な母親以外に、安心できる「家族が欲しい」という焦りから、自分を相手に合わせてきたようだ。それでも、その家族に対する理想は譲れなかった。家族の形のことになると、自分に合わせてくれない咲子に、元夫たちも戸惑ったのではないだろうか。

 咲子も充も、相手の「こうしたい」に合わせられる人だった。でも、小さな無理をしながら相手の「こうしたい」に合わせ続ける生活は、いずれ限界を迎える。だからこそ、充と咲子がお互いに合わせにいくよりも、「苦手」を避ける生活がうまくいっていたのではないだろうか。

 咲子と充が交わした「言いたくないことは言わなくていい」という約束に、「夫婦なのに、言わないことがあるのはおかしい」と感じた人もいたかもしれない。けれど、ふたりにとっては、穏やかに暮らしていくための最適なルールだったのではないか。

 互いの大きな秘密を知ったうえで、もう一度、生活をやり直すことに決めた咲子と充。「ありがとう」が増え、お互いのスケジュールをより細かく報告するようになった。はたから見れば、それはすごく良い変化だ。でも、ふたりにとっては、それが窮屈に感じられる。いつ失踪するかわからない。いつ離婚されるかわからない。すべてを分かち合い、一緒にいたいと願ったはずなのに、何も知らなかったあの頃のようには、自然体でいられない。

 向き合うよりも、一度その関係から離れる。咲子は離婚を、充は失踪を繰り返してきた。そうして歩んできたふたりにとっては、ぶつからずに済むことそのものが大事だったことがハッキリと見えてくる。他人が見れば独特な決まりごとでも、それが本人たちにとって重要なこともあるのだ。

 今回、新たにあらわになった夫婦の溝は、ドラマとしては乗り越えるべき課題となりそうだが、本当に乗り越えることだけが解決策なのだろうか。ふたりにとって、逃げられること、次の可能性を選べることこそが幸せであり、自分を守る方法でもあるのなら。多くの視聴者にとっては不可解に見えても、この独特なふたりにとっては切実な選択になるのではないか。

 すべての夫婦に共通する正解がないということは、それぞれの夫婦なりの正解があるということ。第9話を見て、そのことを改めて突きつけられたように思う。この物語が私たちに求めているのは、共感や感動ではない。これは、理解と想像の話なのだから。

■放送情報
金曜ドラマ『Tシャツが乾くまで』
TBS系にて、毎週金曜22:00〜22:54放送
U-NEXTにて、各話放送直後より配信
Netflixにて配信中
出演:蒼井優、中島歩、高橋文哉、夏帆、松山ケンイチ、リリー・フランキー、臼田あさ美、齋藤飛鳥、庄司浩平、久保田薫、飛永翼ほか
脚本:生方美久
演出:土井裕泰、塚本連平、小牧桜
音楽:haruka nakamura
主題歌:スピッツ「見知らぬ糸」(Polydor Records)
プロデューサー:千葉行利、宮川晶
製作:ケイファクトリー、TBS
©TBS
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/tshirt_ga_kawakumade_tbs
公式X(旧Twitter):@tshirts_tbs

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