『Tシャツが乾くまで』人はなぜ“物語”を求めるのか “充”松山ケンイチの失踪が映す本質

『Tシャツが乾くまで』充の失踪が映す本質

 咲子と樹生が、それぞれのパートナーのスマホを開かずにいたのは、その内側がもっとも個人的な領域だと感じていたからではないか。暗証番号によって閉ざされたスマホは、「私」と「私たち」を隔てる最後の境界線のようにも思える。けれど、本来は自分だけが分かっていればいいはずの暗証番号にすら、記念日や子どもの出生体重といった、大切な人との関係の証しを読み取ろうとしてしまう。そうして、日々のいたるところに相手との関係が残されていくのだ。

 一方で、その関係を意識することは、何げない行動にも小さなためらいを生む。コインランドリーでのおしゃべりも、レンタカーの助手席も、「パートナーに悪いかもしれない」「誰かに見られたら誤解されるかもしれない」という、わずかなモヤつきから完全に自由ではいられない。

 「結婚しているのだから」と、個人の「楽しみ」や「好き」を手放すよう、自分で自分に見えない圧をかけてしまう。相手を思いやれる人ほど、その思いやりゆえに、自分を抑える苦しさまで積み重ねてしまうという矛盾。それを「結婚すれば普通のこと」と受け止める人もいるが、その“普通”に対して言葉にしにくい息苦しさを覚える人もいる。それがある瞬間、逃げ出したくなるほど膨らんだとしたら――?

 もしかすると充は、誰かの夫であることによって、自分の行動の一つひとつに意味が付与されていく状況から、ほんの少し離れたかったのかもしれない。咲子を愛していることと、誰かの夫としての生活から一度離れたくなることは、必ずしも矛盾しない。家族を愛しく思う。相手を大事に思う。だからこそ、自分のためだけに何かを選ぶ自分には、なかなか戻れない。あずさと共有していたのも、そんな感覚だったのだろうか。

 第三金曜日、Tシャツが乾くまでの束の間だけ、相手のために少しずつ諦めていた自分の選択を取り戻す。そのまま出かけた長野行きのバス旅は、何かを裏切るためではなく、日常から少しだけ離れるための時間だった可能性もある。

 しかし、急いでバスを降りた充を、あずさはそのまま見送ったのだろうか。事故の直前に、二人の間にはどのような会話があったのか。そして、充が帰ってこないまま、喫茶「ひこうき」に連絡を入れ続ける理由は何なのか。ますます謎は深まっていく。

 充に会って「納得したい」と、樹生は言った。充がもう帰ってこないのだと覚悟を決めた咲子は、ついにスマホという彼のもっとも個人的な領域へと足を踏み入れる。そこに“納得の理由”は、果たして残されているのだろうか。咲子との結婚記念日をパスワードにしている、あのスマホに……。

 どこまでが意図的で、どこまでが偶発的なのか。知りたくてたまらない。けれど人生とは、いつだってきれいに納得できることばかりではない。たまたまそうなった出来事に、あとから辻褄を合わせるための、それらしい理由を付けているだけなのかもしれない。

 それでも、人は何もわからないままでは前に進めないのだ。ともに過ごしてきた記憶をつなぎ合わせ、そこにいなかった“あの日”を想像してでも、納得できる理由を探そうとする。そうして理由を求めるのは、充とあずさに何が起きたのかを理解したいからだけではなく、起きたことを自分なりに受け止めたいからなのかもしれない。咲子と樹生を見ながら、私たちの中にある、自分が納得できる物語を求める身勝手さに気づかされる。

■放送情報
金曜ドラマ『Tシャツが乾くまで』
TBS系にて、毎週金曜22:00〜22:54放送
U-NEXTにて、各話放送直後より配信
Netflixにて配信中
出演:蒼井優、中島歩、高橋文哉、夏帆、松山ケンイチ、リリー・フランキー、臼田あさ美、齋藤飛鳥、庄司浩平、久保田薫、飛永翼ほか
脚本:生方美久
演出:土井裕泰、塚本連平、小牧桜
音楽:haruka nakamura
主題歌:スピッツ「見知らぬ糸」(Polydor Records)
プロデューサー:千葉行利、宮川晶
製作:ケイファクトリー、TBS
©TBS
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/tshirt_ga_kawakumade_tbs
公式X(旧Twitter):@tshirts_tbs

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