アニメはなぜ“IP”と呼ばれるようになった? キャラクタービジネスの正体を掴む3つの定義

アニメはなぜ“IP”と呼ばれるようになった?

 『スター・ウォーズ/マンダロリアン・アンド・グローグー』の日本での興行が好調だ。

 5月22日に日米同時公開された同作は、公開4週目には興行収入25億1170万2807円、観客動員150万7608人を超え、『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』の国内興収21.4億円を上回った。7月21日現在では36億円を超えている(※1)。近年の日本市場において洋画興行がかつてほどの強さを見せにくくなっている状況を考えると、かなり粘り強い推移と言っていいだろう。

 しかも、本作の日本興行を支えたのは、従来の『スター・ウォーズ』ファンだけではなかった。SNSには、シリーズに初めて触れた観客によるグローグーのファンアートや感想が溢れた。応援上映では客席の8割は女性だったという。(※2)

 その新規ファンを惹きつけたのは、グローグーというキャラクターだった。

 SNSでは「よもぎ餅の赤ちゃん」と呼ばれ、これまで『スター・ウォーズ』に興味を持っていなかった層の関心を惹いた。今作の日本における一定の成功は、グローグーのかわいさ、そして保護者であるマンドーとの関係性に負うところが大きい。ひとつのキャラクターの魅力が、興行の成否を左右したのだ。

アニメ史を変えた2016年 『君の名は。』の陰で動きはじめた『名探偵コナン』の巨大興業化

2016年のアニメ映画界は新海誠だけでなく、『コナン 純黒の悪夢』の大ヒットにより、現代に続く「IP興行の時代」の到来をも決定づ…

 連載の前回では、日本の映画産業の重要な転換点として『君の名は。』が大ヒットした2016年を再定義し、同年公開の『名探偵コナン 純黒の悪夢』を、以後のIP映画全盛を準備した重要作として位置づけた。同作は、安室透や赤井秀一といった人気キャラクターを前面に押し出し、キャラクタードリブンな映画として大きな成果を上げた。以後のコナン映画は、「今年はどのキャラクターが輝くのか」という期待によっても駆動されるようになっていく。

 連載4回目は、3回目で提起したこの10年の興行の覇者となったIP映画の、「IP」とは何か、そしてその強さの秘密を解き明かすことを試みる。

 現代の日本では、IPは単に作品名や権利の集合を意味していないように思われる。その意味の変化とその言葉の「核」は何か、そして映画館とIPものがなぜ今抜群の相性を発揮しているのかについて考えてみたい。

IPという言葉は今、何を意味しているのか

『名探偵コナン ハイウェイの堕天使』©2026 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会

 まず、IPという言葉の本来の意味を確認しておきたい。

 IPとはIntellectual Propertyの頭文字を取ったもので、日本語では「知的財産」と訳される。知的財産基本法第2条では、知的財産は次のように定義されている。

発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(発見又は解明がされた自然の法則又は現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む。)、商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報をいう。(※3)

 この定義からもわかるように、本来のIPとは、著作権、意匠権、特許権、商標権などを含む、幅広い無形の財産を総称する言葉だ。

 ただし、エンタメの現場でこの「IP」という言葉が使われるとき、そこにはしばしば冷たさもまとわりつく。作品をIPと呼んだ瞬間に、その作品が持つ表現の固有性や作家性ではなく、権利処理や二次利用、収益性だけを見ているように響くことがあるからだ。作家やクリエイターの中に、自らの作品をIPと呼ばれることに抵抗を覚える人も少なくない。

 実際、今日のエンタメ産業で「新規IPを立ち上げたい」と誰かが発言したとき、単に権利のことを意味するだろうか。実際に立ち上げようとしているのは、作品であり、キャラクターであり、世界観であり、それらを複数の媒体や商品へ展開していく事業モデルである。

 自社が保有する作品の権利によって、映像化、商品化、ゲーム化、舞台化、イベント化することで利益を生み出す行為は「IPビジネス」と呼ばれる。「新規IPを立ち上げる」と言うときには、作品そのものだけでなく、メディアミックスによって広げていきたいという期待までが含意されている。実際、作品を収益化可能な資産としてしか見ていないように見える言説や態度も存在する。

 とはいえ、ビジネスと創作を単純に対立させても、今起きている変化の本質は見えてこない。産業の仕組みがあるからこそ、作品が継続的に作られ、ファンに届けられる側面もある。本稿でIPという言葉を使うのは、作品を単なる資産として扱うためではない。むしろ、IPと呼ばれ拡散していく現象の中心に何があるのかを突き止めるためだ。

 では、その広がりの中心には何があるのか。

 マンガ、アニメ、実写映画、ゲーム、舞台、音楽、グッズ、イベント、企業コラボ。日本のエンタメ作品は、こうしたメディアミックスによって社会のさまざまな場所へ拡張されていく。そのとき重要になるのは、作品そのものから広がり媒体が変わっても、それを「これだ」と認識させる中心的要素である。

 それは世界観かもしれない。物語かもしれない。キャラクターかもしれない。あるいは、そのすべてが混ざり合った、漠然としたイメージかもしれない。その中心にあり、あらゆる媒体に展開してもなお同一のものと認識させるなにかが「IP」と呼ばれているのではないか。

 『名探偵コナン』はIPである、と言った場合、法的には不正確な言い方に聞こえる。しかし、長期にわたってマンガ、テレビアニメ、劇場版、グッズ、イベント、ゲームなどへ広がってきた同作の中心に、何らかの「核」があることは確かだ。その現象を説明する言葉としては、「コナンはIPである」という言い方は、むしろ現代的な実感として、すでに馴染み始めているように思える。

3つのIPと、日本におけるキャラクターIPの優位

 ここで、IPの分類について補助線を引いておきたい。

 CEDEC 2021のセッション「キャラクター経済圏とIPクリエーションの視点から望む,ニューノーマル時代におけるメディアミックスの新パラダイム」では、立命館大学映像学部教授の中村彰憲氏、ゲームクリエイターのイシイジロウ氏、エンタメ社会学者の中山淳雄氏が登壇し、IPとメディアミックスの関係について議論している。(※4)

 そのセッションで紹介されたのが、「ストーリーIP」「キャラクターIP」「世界観IP」という分類だ。

 1つ目のストーリーIPは物語の面白さで観客を引っ張るタイプのIPで、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『ターミネーター』などが例として挙げられる。強い物語を持つ一方で、続編展開は2作目、3作目あたりで限界を迎えやすい。

 2つ目のキャラクターIPは、『ドラえもん』『名探偵コナン』『ドラゴンボール』『007』『シャーロック・ホームズ』などがこれにあたる。演者の交代や主人公の変更には弱い面もあるが、魅力的なキャラクターを中心に、長期的な展開が可能になるタイプだ。

 3つ目の世界観IPは、『機動戦士ガンダム』の宇宙世紀、『スター・ウォーズ』、マーベル・シネマティック・ユニバース、あるいは『Fate』や『ポケットモンスター』のように、特定の主人公や単一の物語を超えて、同じ世界観の中で複数の物語を展開できるタイプだ。

 もちろん、実際のIPはこの3つにきれいに分けられるわけではない。多くの作品は、ストーリー、キャラクター、世界観の要素をそれぞれ含み、どの要素が強いのかという差異があると理解したほうがいい。『名探偵コナン』にもミステリーとしてのストーリー性があり、黒ずくめの組織をめぐる世界観があり、そしてコナン、蘭、小五郎、灰原、安室、赤井といったキャラクターの魅力がある。

 そのうえで、日本においてとりわけ強いのは、やはりキャラクターIPではないか。

 『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』『アンパンマン』といったファミリー向けキャラクターの強さは言うまでもない。『名探偵コナン』も、近年の劇場版では年ごとにフィーチャーされるキャラクターへの期待が興行を牽引している。『ヒプノシスマイク』や『うたの☆プリンスさまっ♪』のような音楽系プロジェクトも、楽曲やライブ体験と同時に、キャラクターへの愛着を基盤としている。

 スマートフォンゲームの多くが、キャラクターを入手するガチャを収益の中心に置いていることも、この国におけるキャラクターIPの強さを示している。人々は単に物語を追っているだけではない。特定のキャラクターを所有し、育成し、応援し、生活の中に迎え入れている。

 世界観IPの代表例である『スター・ウォーズ』ですら、日本における『マンダロリアン・アンド・グローグー』の受容では、グローグーというキャラクターが熱狂の入口になっていた。世界観の巨大さよりも、まず「この子がかわいい」という感情が観客を劇場へ向かわせたのである。

 そう考えると、日本においてキャラクターIPこそが王者である、と言っても大きく外れてはいないだろう。

 中山淳雄氏は、上記のセッションで、日本のエンタメビジネスの基本を「キャラクター経済圏」として語っている。キャラクターを核に、映像、音楽、ゲーム、グッズ、イベント、舞台、ライブへと展開し、ファンとの接点を継続的に作っていく。これが、日本のIPビジネスの根幹になっている。

 現在の日本の映画館の現況は、このことを前提に考えるべきだと筆者は考える。

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