戸田恵梨香と伊藤沙莉が魅せる“オーソン・ウェルズ形式” 『地獄に堕ちるわよ』の緻密な戦略

『地獄に堕ちるわよ』の緻密な戦略を紐解く

 全9話のうち最初の7話くらいまでは、NHK朝ドラとたいして変わらないような、不完全な再現ドラマにすぎない。原田満生の美術セットのすばらしさと、戸田恵梨香の俳優人生を賭した熱演を除けば、さして革命的なドラマとは言えない。脚本の真中もなかという人を筆者はよく知らないが、ひょっとすると、誰かの匿名的ペンネームかもしれない。観はじめて最初の数話はじつに凡庸なシナリオだと思った。

 ところが伝記小説を書くために雇われた小説家の魚澄美乃里を演じる伊藤沙莉がいろいろと嗅ぎ回り、主人公の不都合な真実を剥がしにかかった頃から、ようやく真の物語性を獲得した。それをここでは仮に《オーソン・ウェルズ形式》とでも名づけておこうか。『市民ケーン』(1941年)におけるオーソン・ウェルズ=戸田恵梨香、ジョゼフ・コットン=伊藤沙莉という構図であり、『アーカディン/秘密調書』(1955年)におけるオーソン・ウェルズ=戸田恵梨香、ロバート・アーデン=伊藤沙莉という構図である。

 Netflixドラマは視聴率争いとは無縁である。第1話、第2話くらいまで視聴して気に入った加入者は、そのまま最終話まで、果てはシーズン2、シーズン3と見続けて、月額料金を払ってくれればよい。逆に、気に入らなかった人はさっさと離脱してくれてかまわないんです。他にも、こんなものが、あんなものが用意されておりますよ――という鷹揚な構えが許されている。

 だから『地獄に堕ちるわよ』は最初の数話は少しばかりダークな朝ドラでなんの問題もない。このあたりの展開戦術は、毎週の視聴率に一喜一憂しなければならない地上波テレビドラマとは事情が異なる。第7話くらいから作り手側の本音がぐわっとせせり出てくればそれでいい。まさに『地獄に堕ちるわよ』とはそんなドラマだった。細木数子は主人公ではあるが、彼女の真の全盛期たるテレビ占い師としての活躍はほとんど割愛されている。なぜなら、全世界のNetflix視聴者たちにとって、日本のテレビ業界で主人公が視聴率女王として君臨した、という事実だけが伝わればよいのであって、わけのわからない過剰な罵倒ごっこやら会話ゲームなど興味がないからである。

 『地獄に堕ちるわよ』監督の瀧本智行、大庭功睦の2人は的確な演出プランをやり遂げた。WBC独占配信で獲得した大量の高齢者ユーザーを引き留めるという絶対的使命と、世界市場でインバウンド的ポピュラリティを満足させることができれば、本作は成功作となる。

 メイン監督を務めた瀧本智行というと、筆者にとってはJAXAの小惑星探査機プロジェクトをめぐる群像劇『はやぶさ 遥かなる帰還』(2012年)がいまなお印象深い。「はやぶさ」をめぐっては当時、20世紀フォックス版『はやぶさ HAYABUSA』(2011年/堤幸彦監督)、松竹版『おかえり、はやぶさ』(2012年/本木克英監督)との3社競作となったが、瀧本智行監督による東映版『はやぶさ 遥かなる帰還』の圧勝であった。『地獄に堕ちるわよ』はそんな瀧本智行の号令のもとで、プロフェッショナリズムに貫かれた「凡庸さ」と「非凡さ」を兼ね備えたシリーズとなった。

■配信情報
Netflixシリーズ『地獄に堕ちるわよ』
Netflixにて世界独占配信中
出演:戸田恵梨香、伊藤沙莉、三浦透子、奥野瑛太、田村健太郎、中島歩、細川岳、細田善彦、周本絵梨香、金澤美穂、笠松将、永岡佑、中村優子、市川実和子、高橋和也、杉本哲太、余貴美子、石橋蓮司、富田靖子、生田斗真
監督:瀧本智行、大庭功睦
脚本:真中もなか
音楽:稲本響
撮影監督:河津太郎(JSC)
美術監督:原田満生
録音:高野泰雄
装飾:石上淳一
編集:髙橋信之、岡﨑正弥
スタイリスト:纐纈春樹
VFX スーパーバイザー:牧野由典
エグゼクティブプロデューサー:岡野真紀子(Netflix)
プロデューサー:坂野達哉、深津智男
ラインプロデューサー:原田耕治
制作プロダクション:ジャンゴフィルム
企画・製作:Netflix

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