『ポーラX』徹底考察 劇中の台詞が射抜く、レオス・カラックス自身の葛藤と新生

レオス・カラックス監督『ポーラX』徹底考察

 さて、なぜカラックスが、本作でポルノに近いとすらいえる直接的な描写をしたのか。ここが、この記事が深掘りしたいポイントである。それを解き明かすことで、本作の本質が何だったのかを探り当てたい。

 カラックスは、22歳のときの初長編作品である『ボーイ・ミーツ・ガール』の冒頭で、子ども部屋を映し出し、子どものような声を使用している。これは、シネフィルとしてさまざまな映画に親しんでいたカラックスが、愛する映画群の表現をパッチワークして作り上げた端正な模倣品を自分の肖像とした、初期の作家性を示している。

 つまり、まだ若かった自分が、人生の経験が不足している状況において、それらを過去の映画に補わせるといった手法である。だからこそ『ボーイ・ミーツ・ガール』は端正であるとともに、やや硬直した面もあった作品だった。デヴィッド・ボウイの「When I Live My Dream」を聴き、目を閉じて歩くドニ・ラヴァンは、夢想のなかこそが自分の現実であるという、子ども時代の価値観の拡張である。

 『汚れた血』や『ポンヌフの恋人』は、そこからの脱却を試みた作品だとはいえるが、あくまで段階的であり、カラックスの異名であった「恐るべき子ども」に、依然としてとどまる世界観だったと思える。しかし本作では、ハーマン・メルヴィルという骨格を基に、社会的な文脈と文法を持ち出し、自身のこれまでの作風に根本的な変化を加えているのだ。つまり、人生の実感や現実を、一次的に捉える試みを目指したのだといえる。そこでカラックスが必要としたのが、映画的な“魔法”の外にある、痛みをともなうポルノ的な直接的表現だったということなのだろう。それが断罪されるかという問題とは別に、ロジックとしてはこういうことだったと考えられる。

 実際、そうした試みが作品を素晴らしいものにしたのかといえば、否定する観客は少なくないだろう。実際、「恐るべき子ども」だった時代の圧倒的な希少性や特別感は、希薄になっているのは間違いない。なぜなら、大人の映画というステージは、カラックスが憧れてきた巨匠などと同じフィールドだからである。まさにスポーツでいうジュニアチームのトップ選手が、プロの世界に進出したようなものである。そこでのカラックスは、部分的に凡庸ですらある。とくに社会問題を要素にしながら、そこへの解決への道を示すことはおろか、それ以上の見解すら示さず放っておくという点は、拙い部分だといえる。

 とはいえ、一種の凡庸さを受け入れてまで“大人になる”ことを選んだ選択自体は、ポジティブなことだと強調したい。これは、同じようなキャリアを経験しながら、視野狭窄的な感覚を維持する天才的な若手という立場から、なかなか脱皮しないグザヴィエ・ドラン監督とは、対照的な姿勢といえるのではないか。それだけでなく、ここでカラックスが選んだのは、すでに破滅的で一般的とはとても言えない『ピエール』を原作に選んでいるということである。

 興味深いのは、カラックス自身が、その不利を完全に把握していたということだ。劇中では、若い小説家でもある主人公ピエールが、出版社の責任ある人物マルグリット(パタシュー)に会って金の無心をするシーンがある。そこでの編集者のアドバイスは、まさに明らかにメルヴィルの『ピエール』の作風と本作の筋そのもの、そしてカラックスの作風を客観的に捉えている。

「あなたの話を聞いていると、ずいぶん混乱している小説ね。あなたが心配だわ。振る舞いも、言葉もまるで別人。この世の陰鬱な真実を暴きたがっているけど、感覚が古すぎる」

「気をつけなさい。成熟した小説を書こうとしてるけど、あなたの魅力は“未熟なところ”にある。何かに火をつけたいのね。逆巻く雲のように時代を超越し、皆から尊敬されたいと。でもあなたの本質は違う。自分でも分かってるはず」

 ここでの発言は、まさに筆者が指摘してきたことそのものである。しかし、メルヴィルが作中で石や巨人などという超越的な存在を描こうとする主人公の姿勢を通して、『白鯨』より大きな獲物を目指したように、カラックスはさらなる反発や破滅を予感しながらも、一段上のステージでなければ手に入らないものを探し、新しい風景に到達しようとしたのだ。

 本作のラストカットは、フォーカスが定まらず視界がぼやけた状態で森のなかを映し出した、ピエールの心象風景である。その被写体を失った“混乱と迷い”こそ、レオス・カラックス監督が欲した試練であり、同時に報酬でもあったように思えるのである。「恐るべき子ども」から“凡庸さを受け入れた大人の映画監督”へ。勇気ある成長を示した『ポーラX』とカラックスのここでの新生を、その文脈において大いに祝福したい。

■公開情報
『ポーラX』4Kレストア版
ユーロスペースほかにて公開中
監督・脚本:レオス・カラックス
撮影:エリック・ゴーティエ
出演:ギョーム・ドパルデュー、カテリーナ・ゴルベワ、カトリーヌ・ドヌーヴ
配給:ユーロスペース
1999年/フランス・ドイツ・スイス・日本/カラー/135分
公式サイト:https://carax4k.com

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる