森七菜の魅力は『ひらやすみ』に詰まっている! “ふにゃふにゃ”キャラを毎日観ていたい

仕事に疲れ、人間関係に疲れ、中には娯楽のはずの趣味にまで疲れ、寝て起きたらまたしんどい一日が始まるのかとため息をつきたくなる時間帯が、22時45分である。その22時45分にちょうどいい癒しを用意してくれているNHKには、ひと言お礼を言いたい。晩酌をしながら夜ドラ『ひらやすみ』の主人公・生田ヒロト(岡山天音)を観ていると、その日一日の、主に心の疲れがほぐれていくのを感じる。「明日もがんばるぞ!」と燃え上がりはしないが、「明日も肩の力を抜いて、ボチボチやっていこう」と、いい塩梅で入眠ができる。言わば、観る寝酒である。

29歳の若さで往年の笠智衆のように達観してしまっているフリーター、ヒロトの元には、少し疲れたさまざまな人たちが集まる。へんくつなおばあちゃん、和田はなえ(根岸季衣。第1話でお亡くなりに……)、ヒロトの親友で仕事と家庭に疲れ気味の野口ヒデキ(吉村界人)、仕事のストレスでだいたいイライラしている立花よもぎ(吉岡里帆)ら。みんな22時45分の我々と同じく、癒しを求めてヒロトの元に集まってしまうのだろう。実は、もっとも癒しを受けている人物がひとりいる。ヒロトのいとこである美大生、小林なつみ(森七菜)である。だが、彼女はヒロトの元に集まってはこない。すでに同居しているから。
このなつみを演じる森七菜が、もう絶品である。彼女は実年齢24歳だが、演技における10代少女の解像度が高すぎる。わがままを許された10代少女特有の、体に芯の通っていないふにゃふにゃ感。猫背でダラダラと歩く様。ダラダラ歩きすぎて、足の踏み出しと手の振りが合っていないときもある。自意識過剰だが、人見知りで友達ができない。飲み干すまで、酒を酒と気づかない。

今年公開された実写版『秒速5センチメートル』でも、彼女は10代少女のふにゃふにゃ感を見事に体現している。ただこちらは、恋愛経験皆無のなつみとは違い、恋する少女である。わがまま由来のなつみのふにゃふにゃ感とは違い、恋愛由来のふにゃふにゃ感である。不機嫌からくるダルそうなふにゃふにゃと、恋愛の高揚感からくる嬉しそうなふにゃふにゃは、同じふにゃふにゃでも真逆のふにゃふにゃだ。このふにゃふにゃの演じ分けだけを観ても、俳優としての彼女の非凡さが伝わる。
演じ分けと言えば、今年の彼女は『ファーストキス 1ST KISS』(以下、『ファーストキス』)や『国宝』などの話題作にも出演している。これらの作品での彼女は、打って変わってしっかりした女性を演じている。『ファーストキス』では、年上の松たか子に恋愛アドバイスまでしてしまう(上から)。また『国宝』では、主人公役の吉沢亮に利用されていると感づきながらも、梨園の妻となる肚の座りようを見せた。元々顔に力があるので、このような役を演じると途端に意思の強い女性となる。
森七菜の芝居はなぜ“存在感”があるのか 『国宝』『フロントライン』で示した唯一無二の魅力
6月に公開された『国宝』と『フロントライン』。錚々たるメンバーが肩を並べた両作の舞台挨拶で、森七菜の小柄さに思わず目がいった。両…そして、彼女の演じ分けの妙をもっとも体現できる作品がある。岩井俊二監督作品、『ラストレター』(2020年)がそれだ。本作での彼女は、松たか子の娘(中学生)と、松たか子の高校生時代の、2役を演じている。まだ小学生の延長のような中学生(ふにゃふにゃ)と、大人になりかけている高校生(しっかり)を、撮影時18歳ぐらいであろう彼女は、完璧に演じ分けている。
筆者は、この作品の前年のアニメ映画『天気の子』(2019年)で、初めて森七菜という俳優を認識した。声だけの芝居もあまりに達者だったので、声優さんが本職だと思っていた。そして、翌年の『ラストレター』で、初めて動く彼女を観た。なんだこの演技の化け物は、と思った。
『ラストレター』、『秒速5センチメートル』、そして『ひらやすみ』と、演技巧者の演じる自然体は、かくも自然であり、そしてひたすらに観てて心地良い。いつまでも観ていられる。酒もすすむ。
そして2026年春には、彼女の主演作品『炎上』が公開される。まだ情報は少ないが、彼女が演じるのは、家出して新宿歌舞伎町にたどり着いた女性のようだ。特報映像を観る限り、彼女はふにゃふにゃした子供でもない。だが、しっかりした大人でもなさそうだ。その映像には不穏さがただよい、おそらく『ひらやすみ』のようなゆるさは、どこにもない。シリアスな物語が予想される。まだ観たことのない森七菜を観られそうで、楽しみである。
ただ今は、自分自身もあの平屋におじゃました気分で、ヒロトの笑顔となつみのふてくされ顔を見ながら、酒を飲んでいたい。シリアスでハードな森七菜については、また年が明けてから考えよう。
■放送情報
『ひらやすみ』
NHK総合にて、毎週月曜から木曜22:45~23:00放送
出演:岡山天音、森七菜、吉岡里帆、吉村界人、光嶌なづな、蓮佛美沙子、駿河太郎、根岸季衣
ナレーション:小林聡美
原作:真造圭伍
脚本:米内山陽子
音楽:富貴晴美
音楽プロデューサー:福島節
演出:松本佳奈、川和田恵真、髙土浩二
制作統括:坂部康二、熊野律時
プロデューサー:大塚安希
写真提供=NHK






















