岡山天音は“欠点”も“らしさ”に変えてくれる 『ひらやすみ』ヒロトを成立させたバランス感覚

『ひらやすみ』岡山天音が原作ファンから絶賛

 漫画で読んでいた“ヒロト”がそこにいた。なんならずっと前から岡山天音が演じるヒロトは阿佐ヶ谷で暮らしていたのではないかと思うほど、昔懐かしい雰囲気が漂う平屋の生活にも、アルバイト先である釣り堀にも彼の佇まいは馴染んでいた。

 11月3日から放送がスタートした夜ドラ『ひらやすみ』(NHK総合)。恋人もおらず定職にもついていない代わりに、将来への不安もない自由人な主人公・ヒロトと、美大に通う従姉妹のなっちゃん(森七菜)の2人暮らしを中心に、阿佐ヶ谷で暮らす人々のなんてことのない日常が描かれる。原作者の真造圭伍は本作を描く前に、“元俳優”という経歴をもつヒロトのキャラクター造形の参考にするため、岡山を取材していたことを明かしている(※)。実際、そんな奇跡的なエピソードにも自然と納得してしまうほど、岡山はのほほんと生きるヒロトをほどよく“抜け感”のある芝居で見事に体現していた。

 本作に登場するキャラクターの中でも、とびっきりモラトリアムを謳歌しているヒロトは、実写化するとなると正直、どこか現実世界から浮いてしまいそうな不安もあった。しかし、岡山が演じるヒロトはぷかぷかと空に浮かぶ雲のようなお気楽さがありながらも、ふとしたときに遊びに行きたくなる近所の友達のような身近さがある。いつもと変わらない日常に小さな楽しみを見出す表情に、どことなく親近感が湧いてしまうからかもしれない。

 もちろん、阿佐ヶ谷の暮らしに溶け込んでいるのは岡山だけではない。平屋暮らしに不服そうな顔を見せるなっちゃんを愛らしく演じる森七菜に、トンカツを揚げるのに苦戦しながらも、ヒロトのバイクの音が聞こえると「よお」と窓から顔を出すシーンに何よりも“ばーちゃん”を感じたはなえ役の根岸季衣。初回からウィンクを連発する憎めないヒロトの親友・ヒデキそのものである吉村界人など、風貌だけではなく、その時々の挙動や仕草でキャラクターの個性を表現できる役者が揃っている。

 不器用だからこそ愛嬌のある彼らとの会話では、ヒロトの大らかさと心優しさ、ついでに楽観的なところまでが言葉の節々に表れる。ムスッとした表情を浮かべながら、小生意気な態度をとるなっちゃんとの掛け合いは、ふたりの絶妙な距離感だからこそ生まれる愛おしさに溢れている。特に大学の新歓で間違えてお酒を飲んで、道端で気持ち悪くなっていたなっちゃんとともに、終電を逃した夜の帰り道をひたすら歩くシーン。2人のやりとりはついつい和んでしまうほど取り留めがなくて、でも、いつまでも耳を傾けていたいと思える余韻があった。

 近年はさまざまなドラマ・映画で多種多様な役柄を演じている岡山は、NHK作品に不思議と縁がある。NHK連続テレビ小説『ひよっこ』(2017年度前期)では、主人公のみね子(有村架純)が暮らす木造アパート「あかね荘」の住人で、富山県出身の朴訥とした隣人・新田啓輔を愛らしく演じた姿が印象深い。さらに、NHK特集ドラマ『どうせ死ぬなら、パリで死のう』で主演を務めた際は、悲観主義者のシオランを敬愛する人生を拗らせた哲学者・昼間吉人が、後ろ向きな人生に希望を灯していく姿を繊細な演技で表現した。両者ともに情けなさの中に憎めなさがあって、肩の力が抜けている岡山の芝居が存分に活かされたキャラクターだった。

 岡山の“抜け感”のある芝居と言えば、放送中の大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』(NHK総合)で演じた偏屈な戯作者・恋川春町も記憶に新しい。彼の真面目だからこそ滲み出るおかしみは、岡山の絶妙なバランス感覚によって生み出された。

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 どこまでも不器用で人間味のあふれる春町は、豆腐の角に頭をぶつけるという情けない死に方すらも含めて、最後まで視聴者に愛されたキャラクターとして生涯を終える。岡山のシュールかつユーモラスな芝居があってこその、春町らしい生き様だった。

 彼が演じるキャラクターは決して完璧な人間ではなく、世間ではカッコ悪いとされる“欠点”と呼ばれるものを抱えていることも多い。しかし、その“欠点”さえも人間味であり、不器用な愛らしさであり、誰もが握りしめている“〇〇らしさ”であるのだと、岡山が演じているキャラクターを観ていると自然と思い出すことができる。
 
 NHK作品でさまざまなクセのある役柄を柔らかく演じてきた岡山が、満を持して務めるNHK連続ドラマでの初主演。それが『ひらやすみ』の“ヒロト”だと知ったとき、なぜだか自分のことのように嬉しかった。

 本作の放送時間帯は夜だが、次の日の朝にも繰り返し観たくなる魅力がある。それは毎回、続きが気になるモヤモヤとした終わり方ではなく、「今日もなんだかいい日だった」と一日を振り返りたくなるようなラストシーンであることも大きい。朝に観ても、ヒロトが口癖のように呟く「大丈夫」にそっと心を支えられて、新しく一日を始めることができるから。

 岡山が演じるヒロトの0.5倍速で流れるゆったりとした日常と、阿佐ヶ谷の平屋で営まれる四季折々の生活を眺めながら、1年の終わりが近づいてきて焦る人も多い年末までの日々をのんびりと過ごすのもいいかもしれない。

参照
※ https://www.nhk.jp/g/blog/005eg_cgmp/

■放送情報
『ひらやすみ』
NHK総合にて、毎週月曜から木曜22:45~23:00放送
出演:岡山天音、森七菜、吉岡里帆、吉村界人、光嶌なづな、根岸季衣
ナレーション:小林聡美
原作:真造圭伍
脚本:米内山陽子
音楽:富貴晴美
音楽プロデューサー:福島節
演出:松本佳奈、川和田恵真、髙土浩二
制作統括:坂部康二、熊野律時
プロデューサー:大塚安希
写真提供=NHK

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