牛尾憲輔は空間そのものを音で染める 『ばけばけ』を機に振り返りたい劇伴の“妙味”

『ばけばけ』を機に振り返る牛尾憲輔の妙味

 イシグロキョウヘイ監督の『サイダーのように言葉が湧き上がる』(2021年)のように、ポップで印象的なメロディを持った音楽が使われている作品もある。『ダンダダン』のように、主題歌を担当するCreepy Nutsばりのリズミカルでダンサブルなヒップホップ楽曲が使われている作品もある。このあたりは、電気グルーヴの石野卓球に師事する形でプロの音楽シーンに飛び込んでいった経歴とも関係あるのだろう。

 牛尾本人と関係者のインタビュー、そして評論をまとめた『牛尾憲輔 定本』(太田出版)に掲載された石野のインタビューによると、渋谷のクラブでいきなり声をかけられ、音楽制作ソフトウェア「Pro Tools」を使えると聞いて仕事を手伝ってもらったのが馴れ初めだという。やがて石野が企画したコンピレーションアルバムに牛尾が寄せた楽曲に、石野はボツを出した。最初の出会いから3年経っても同じ事を続けていて、「そこじゃないだろう」と感じたからだ。

 牛尾も考え直し、改めて提出した曲に石野は「もう借り物じゃなくなっていたというか、『こういうことがやりたいんだな』っていうのが、できた作品から伝わってきた」と感じた。それがagraphという牛尾のソロプロジェクトに近い曲で、今の牛尾に繋がるものとなり、最新の『ばけばけ』にも表れている。

 『プロフェッショナル 仕事の流儀』では、牛尾の音楽の源流に坂本龍一がいることも紹介されている。映画『戦場のメリークリスマス』で使われた楽曲をピアノソロで演奏した『コーダ』というアルバムに心が震えた体験が紹介されていて、静かだった曲が途中でフォルテで強く弾かれる部分を躍動的で格好いいと話している。坂本のメロディアスさこそ受け継いではいないが、『映画 聲の形』のクライマックスで使われる「slt」という楽曲が、鍵盤を強く叩いて奏でられる曲で、好きなものへの愛が感じられた。

 湯浅政明監督の『日本沈没2020』(2020年)でも牛尾は音楽を手がけたが、そこで大貫妙子が歌った主題歌「a life」は坂本が作曲したものだった。作品を挟んでの“共演”が本格的なコラボレーションに繋がる前に、坂本が亡くなってしまったことが惜しまれるが、『ダンダダン』『チェンソーマン』といった作品を通して世界に牛尾の音楽が広まった先で、海外の映画に音楽家として起用され、坂本と同じアカデミー賞の栄誉に輝く未来もあるかもしれない。

 『ばけばけ』の音楽に耳をそばだて、そんな未来を想像するのも面白い。

■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK

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