牛尾憲輔は空間そのものを音で染める 『ばけばけ』を機に振り返りたい劇伴の“妙味”

NHK連続テレビ小説『ばけばけ』で音楽を手がける牛尾憲輔は、山田尚子監督のアニメ映画『リズと青い鳥』(2018年)やTVアニメ『ダンダダン』『チ。―地球の運動について―』といったアニメ作品の音楽で知られたミュージシャンだ。NHKで8月25日に放送されたアニメ『cocoon〜ある夏の少女たちより〜』でも音楽を手がけたばかりだが、振り返った時にどのようなメロディだったかを口ずさんで答えることが難しい。それは牛尾が、作品の世界や描かれた人物たちに寄り添い空間そのものを音で染める音楽家だからだ。
8月26日に放送された『プロフェッショナル 仕事の流儀 「音を置く、曲が在る~音楽家 牛尾憲輔~」』(NHK総合)は、牛尾が『cocoon』という今日マチ子の漫画を原作にしたアニメのために音楽を作っていく様子を追いかけたドキュメンタリーだった。イメージボードを眺め、絵コンテを読み込みながら、そのシーンにどのような音楽を添えていくのか考えていく展開の中で、「100%作品に殉ずるため」という言葉が発せられた。
登場人物の悲しみや怒りや喜びをメロディで盛り上げるのではなく、音を置くようにして心情や状況を表現し、観る人をそのシーンに入り込んだような気にさせる。「音楽だけで成り立っていなくていい。成り立っていないほうがいい」という言葉どおりに、シーンと一体になって耳に届く音の列が、牛尾の作る劇伴と呼ばれる映像作品のための音楽の特色だ。

『ばけばけ』の劇伴でも、強烈に耳に刺さって自然と口ずさんでしまうようなメロディがあるかというと、これだと挙がるものはなかなかない。なんとなく響いている音といった感じに聞こえてくる。それでいて雰囲気を壊すところがないあたりに、牛尾ならではの劇伴の妙味がある。
普通、劇伴は、登場人物たちの心情をメロディで表現したり、激しい動きや漂う恐怖感をリズムや音圧で示すような役割を持たされていたりすることが多い。宮﨑駿監督と長く組んでいる久石譲の音楽は、情感にあふれたメロディで宮﨑キャラの心情や置かれた状況を描き出す。押井守監督作品をよく手がける川井憲次の音楽も、深遠なメロディで押井監督の哲学的な世界を彩り続けている。こうなると、久石や川井が作るメロディを聴いただけで宮﨑監督や押井監督の映像が浮かんでしまう。
牛尾の場合も、『映画 聲の形』(2016年)から『リズと青い鳥』や『平家物語』(2021年)、『きみの色』(2024年)と山田尚子監督の作品に音楽を提供し続け、切っても切れない関係となっている。もっとも、それらがどのようなメロディを持ってそれぞれの作品を象徴しているかと問われると、こうだといったものが浮かばない。これも牛尾が、音楽で泣かせず笑わせず怒らせようとせず、山田監督の描こうとする世界に“殉じた”音楽を作っているからだ。
『リズと青い鳥』では、学校が舞台ということで、学校の中にある理科器具などを鳴らした音を録音してサンプリングして使ったところがある。なおかつ『リズと青い鳥』では、色絵の具を垂らした紙をふたつに折って2列の色を作り、それぞれを音符に見立てる「デカルコマニー」という技法を採用。2つの列をそれぞれ5小節と4小節に分けてテンポをずらし、すれ違う鎧塚みぞれと傘木希美の関係を表現しようとした。
『cocoon〜ある夏の少女たちより〜』では、ラストでサンという名の少女が悲しい戦争を経てなお「生きていくことにした」と決意するシーンに添える音楽について、どこまでも考えて添えるべき音を探った。結果、生まれたのは明るく転調するなりメロディアスなオーケストラを被せるといったありきたりのものではなかった。奏でられているバイオリンの弦をいきなり切って区切りを付け、そこからバイオリンのボディを弦でこすり続ける音を拾ってサンの未来を示そうとした。
物語に殉じ登場人物に殉じた音楽、あるいは音そのものを探って引き寄せ置いていく牛尾のアプローチでは、耳に馴染みやすい歌のような音楽は出てこない。従って、映像を観ている間もメロディによって情感を誘われるような感覚には至らない。ところが、音楽だけのサウンドトラックを聴いていると、自然とシーンが浮かんでくるから不思議だ。映画のストーリーに合わせて使われた音楽が並んでいることもあるが、シーンと一体化していることもあるかもしれない。
NHKで放送された『チ。』のサウンドトラックでも同様だ。聖歌を思わせるような荘厳さを漂わせるものや、宇宙がテーマとなっているだけあって深遠さを感じさせるものが並んでいて、どうにかして知識を繋げようとして足掻く人たちの物語が思い出される。「音楽だけで成り立っていなくていい」と言いながら、聞き込み甲斐のあるサウンドトラックに仕上がっている。




















