『もしがく』主人公は菅田将暉以上に“渋谷”? 細部までこだわり抜かれた三谷幸喜の真骨頂

『もしがく』映像×演劇の三谷幸喜の真骨頂

 三谷幸喜が脚本を務める『もしがく』こと、『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』(フジテレビ系)が10月1日にスタートした。

 三谷がフジテレビで連続ドラマを手掛けるのは『HR』以来23年ぶり、プライムタイム帯の作品に限定すれば『合言葉は勇気』以来25年ぶりとなるようだ。その当時すでに『古畑任三郎』(フジテレビ系)という不動の代表作を持つ中堅作家だった三谷だが、それから四半世紀ほどのあいだで3度も大河ドラマを手掛け、映画はもちろん、彼の主戦場である舞台もコンスタントに作り続け、いまではすっかり大御所の貫禄が漂うようになった。そこにきての本作で、菅田将暉を筆頭にした実に豪華なキャスティング。これは相当気合の入った作品であろう。

 劇団「天上天下」を主宰する演出家の久部三成(菅田将暉)が、シェイクスピア演劇を独自にアレンジした難解な舞台で劇団員の反感を買い、激しい口論の末に追放されてしまうところからドラマは始まる。ヤケになった彼がたどり着いたのは、「Pray speak what has happened(話してごらんよ、何があったか)」と入口に記された繁華街の“八分坂”。謎めいたおばば(菊地凛子)のいる案内所の紹介でスナック「ペログリーズ」に入った久部は、まんまとぼったくられ、大事に持っていたシェイクスピア全集を奪われてしまうのである。

 大勢の登場人物が入りまじる群像劇で、かつ舞台となるのは“八分坂”という限定的空間。自ずと第1話はストーリーの発展よりも、各々の登場人物たちと、この街という“もうひとつの主人公”の有り様を見せることに徹っしている。街角で踊っているチーマーに絡まれてよろよろになった久部がゴミ捨て場に倒れ込み、暗闇のなかにポツンと照らされたスポットライトの上を転がるポリバケツと久部。立ち上がった久部の眼前で“八分坂”のメインストリートに光が灯っていくオープニングは限りなく舞台的でありながら、手前から奥へと寄っていくカメラと相まって、舞台と映像、両方の妙味を存分に活かしている。

 この“八分坂”は、渋谷の道玄坂から一本入った百軒店をモチーフにした場所である。1960年代には映画館も立ち並ぶ渋谷を代表する繁華街だった場所だが、1970年代に井の頭通りや公園通りの開発が進みカルチャーの中心となったことで取り残され、いまでは風俗店やラブホテルが立ち並ぶ、ちょっぴりあやしげな空気の漂う一角だ。その場所にまだ活気がみなぎっていた時代を、このドラマは切り取っていくのであろう。いまも街のいたるところで開発が進み、常に新旧が入り混じり変わり続けている渋谷という街は、どの時代を切り取っても魅惑的な生き物なのである。

 この街という生き物を、本作は巨大なオープンセットを用いて体現していく。先述のオープニングに始まり、物語の主な舞台となる「WS劇場」を中心にした街の光景と、そのなかを行ったり来たりしていく主要な登場人物たち。背景には、街の活気をあらわす動力となる無秩序な群衆がごったがえす。この光景を延々と眺めているだけでも実に有意義に感じるのだが、そこにたとえばゴトゴトと奇妙な音を立てて排出する神社のおみくじなど、装置のディテールまで抜かりがない。

 そういえば、序盤でいざなぎダンカン(小池栄子)が踊っている際の音楽は、マドンナの「Like a Virgin」。時代設定とぴったり符合する1984年秋にリリースされたばかりの楽曲であり、WS劇場はかなり流行に敏感な場所なのかもしれない。その一方で、久部が神社で見かける朝雄(佐藤大空)が読んでいるのは『コロコロコミック』の6月号。WS劇場のダンサー・モネ(秋元才加)の息子である彼は、遅れた号を読まざるを得ない境遇の子どもであることが窺える。こうした小道具にも注目しておく必要がありそうだ。

 さて、久部という主人公の名前が『マクベス』から取られているように、劇中にシェイクスピアの要素がふんだんにちりばめられている点も見逃せない。WS劇場は言わずもがな、ウィリアム・シェイクスピアの頭文字であり、「ペログリーズ」の倖田リカ(二階堂ふみ)は『リア王』のコーディリア。そもそも「ペログリーズ」という名も『ペリクリーズ』から取られているのであろう。終盤、シェイクスピア全集を取り戻そうとする久部は、WS劇場に迷い込み、ステージ上で踊るリカの姿に目を奪われる。そして劇場からいなくなってしまった技師に代わり照明の操作を行なう。ここから物語がどう動かされるのか、とくと見届けていこう。

『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』の画像

もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう

1984年の渋谷を舞台に、脚本家・三谷幸喜の半自伝的要素を含んだ完全オリジナル青春群像劇。「1984年」という時代を、笑いと涙いっぱいに描いていく。

■放送情報
『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』
フジテレビ系にて、毎週水曜22:00~22:54放送
出演:菅田将暉、二階堂ふみ、神木隆之介、浜辺美波、戸塚純貴、アンミカ、秋元才加、野添義弘、長野里美、富田望生、西村瑞樹(バイきんぐ)、大水洋介(ラバーガール)、小澤雄太、福井夏、ひょうろく、松井慎也、佳久創、佐藤大空、野間口徹、シルビア・グラブ、菊地凛子、小池栄子、市原隼人、井上順、坂東彌十郎、小林薫ほか
脚本:三谷幸喜
主題歌:YOASOBI「劇上」(Echoes / Sony Music Entertainment (Japan) Inc.)
音楽:得田真裕
プロデュース:金城綾香、野田悠介
制作プロデュース:古郡真也
演出:西浦正記
制作著作:フジテレビ
©︎フジテレビ
公式サイト:https://www.fujitv.co.jp/moshi_gaku/
公式X(旧Twitter):@moshi_gaku
公式Instagram:@moshi_gaku
公式TikTok:@moshi_gaku

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