浜辺美波が手にした“普通さ”という武器 『ほどなく、お別れです』で捨てたヒロイン像

葬祭プランナーという職業を通して、“死”と向き合う『ほどなく、お別れです』(2026年)。重いテーマを扱いながらも、スクリーンは不思議なほどほのかな温もりに満ちている。
その最大の理由は、清水美空を演じる浜辺美波の血の通った存在感だ。就活に敗れ、図らずも葬祭業という非日常へ足を踏み入れた等身大の主人公。観客は彼女のまっすぐな眼差しを通して、生と死が交差する現場の戸惑いに寄り添い、いつの間にか物語の世界へと引き込まれていく。

思えば、出世作となった『君の膵臓をたべたい』(2017年)で浜辺が演じていたのは、自らが死を背負う当事者だった。不治の病という残酷な現実を抱えながらも、決して悲壮感には浸らない。むしろ不思議な明るさで周囲を巻き込み、自らの命の灯火を燃やし尽くすことで、遺される者の心に光を刻み込む。当時の彼女は、自身の死そのものを推進力にして物語を牽引する、あまりにも眩い特権的ヒロインだった。
近年の歩みを振り返っても、彼女が演じるのは過酷な運命に翻弄される強烈な役柄が多い。常軌を逸したギャンブラーを熱演した、『映画 賭ケグルイ』(2019年)の蛇喰夢子。クールでミステリアスな、『シン・仮面ライダー』(2023年)の緑川ルリ子、戦後の焼け野原をがむしゃらに生き抜く、『ゴジラ-1.0』(2023年)の大石典子。いずれも、極限状態に身を置く特別な存在として、鮮烈なインパクトを残してきた。

しかし、『ほどなく、お別れです』の美空は違う。たしかに彼女には、亡き人の姿が見え、その声が聞こえるという、特異な設定が与えられている。だが決して、その力で奇跡を起こすような能力者として振る舞うわけではない。ただ偶然、見えないはずのものが見え、聞こえないはずの声を受信してしまうだけの、圧倒的に「普通の女の子」だ。
浜辺自身も最初は物語の重さに引っ張られそうになったというが、「美空はもっと明るい、皆さんに共感してもらいやすいような普通の女の子でいなきゃいけなかった」(※1)とコメントしている。先輩と飲みに行けば上司の愚痴をぶちまけるし、仕事の段取りが悪ければすっかり落ち込むし、葬儀場では素直に涙をこぼす。彼女は奇跡を起こす救世主ではなく、遺族が再び前を向くための道を一緒に探す伴走者なのだ。

この「普通さ」にこそ、今の浜辺美波の凄みが凝縮されている。悲劇のヒロインやシンボリックな存在から脱却し、彼女がたどり着いたのは、他者の痛みを器のようにそっと受け止める受けの芝居。数々の強烈な役柄を経て研ぎ澄まされたその解像度の高さが、物語に圧倒的なリアリティをもたらしている。






















