テレンス・ラウ×フェンディ・ファンの絆に涙 『鯨が消えた入り江』が描く愛と喪失の旅路

『鯨が消えた入り江』が描く喪失と温かな愛

※以下、映画『鯨が消えた入り江』のネタバレを含みます

 ティエンユーとアシャンは“鯨が消えた入り江”を求めて旅をするのだが、物語の後半には思いもよらない展開が待ち受けている。劇中で何度か時空に違和感を覚える瞬間があり、鑑賞後はきっと答え合わせの旅に出たくなる人も多いはず。時系列を書き出してみたり、時空の歪みを確認したり、散りばめられたアイテムに意味を見出したり、考えれば考えるほど深みにはまっていくのも本作の特徴である。

 物語の鍵となるのは、ティエンユーの両親が残した古い郵便箱と、ティエンユーの文通相手の少年からの最後の便りという写真だろう。写真の裏には、「ティエンユー死なないで」「ここで待ってる」と書いてあった。この写真の話をすると、アシャンは「本当に?彼からだった?」と尋ねている。そしてティエンユーは、文通相手の少年への最後の手紙にレスリー・チャンの楽曲「春夏秋冬」の歌詞を書いていた。亡くなった両親への恋しさから手紙を書いていたというティエンユーにとって、少年との文通は心の穴を埋めてくれるものだったのだろう。一方で、孤独なその少年=ジン・ルンファ(金潤發)にとってティエンユーは“天使”だった。お互いに人生の重要な指針となっている存在でもあり、正反対のように見えて似たところがある。

 本作はあえてジャンル化しておらず、ティエンユーとアシャンの関係性については観る人に解釈を委ねているが、“双生の魂”がテーマにあるという。ティエンユーとアシャンが持つ感情として筆者が一番強く感じるのは、“あなたに生きていてほしい”という想い。2020年の夏、運命的に交差した2人には魂の繋がりという関係が一番しっくりくる。2つの魂が引き寄せ合ったと言うべきだろうか。不思議な力が働いているが、あなたを救いたいという双方の祈りと健気な行動を起点として作用しており、ここにあるのは“愛”なのだろうと筆者は受け取っている。

 そんな2人が台北から台湾最南端の墾丁へと移動する旅の中で絆を深めていくわけだが、身悶えさせられる場面が何度も訪れる。海辺ではしゃいで砂浜に寝転がった際、2人はそっと見つめ合うのだが、ティエンユーがアシャンに目を合わせにいっているところにも特大の変化を感じる。言ってみればティエンユーは死へと向かう旅をしていたのだが、アシャンにとっては彼を生きる道へと連れて行く旅だった。最初は警戒しながら受け身で動いていたティエンユーが、アシャンへと心を寄せていき、主体的に行動していく。ティエンユーは人生にピリオドを打とうとしていたけれど、彼の物語は続いていくのだ。結果的に大切な存在の喪失があるが、喪失のままでは終わらない。温かい愛に満ちたこの映画はレスリー・チャンへの祈りと重なり、劇中で「春夏秋冬」が流れる瞬間にも目頭が熱くなる。“君がいたなら秋もステキなのに”というフレーズは、この物語においても意味をなしている。

 思い返すと、冒頭の言葉はこれから我々が目撃することを提示していた。

「この広大な宇宙で人々の人生は平行線を辿りながら孤独に進んでいく。その線が何かの理由で重なることがある。たとえつかの間でも……それは奇跡だ」

 ティエンユーとアシャンは奇跡的に交差し、2人の時間はあの夏で一旦止まってしまった。儚さと寂しさに襲われるが、人の優しさや諦めない強さは今の状況を変えることができるという希望を示してくれる作品でもある。アシャンがティエンユーを救った世界から、今度はティエンユーがアシャンを取り戻しに行くのだ。物語後半は涙で頬を濡らし、心地良いラストを迎えた。できることならば、その先もずっと見ていたかった。彼らはどんな秋を迎えるのだろうか。

■公開情報
『鯨が消えた入り江』
2週間限定公開中
出演:テレンス・ラウ、フェンディ・ファン
監督:エンジェル・テン
配給:マーチ
2024年/台湾/中国語・広東語/101分/scope/5.1ch/英題:A Balloon's Landing
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