『侍タイムスリッパー』は何がすごかったのか 笑いと武士道精神を両立させた巧みな作劇

『侍タイムスリッパー』は何がすごかったのか

 風見恭一郎の正体は、あの宿敵・山形彦九郎だったのだ。ここで筆者は前のめりになり、ポップコーンをこぼした(後で拾った)。決闘中に雷に打たれてタイムスリップしたのは、新左衛門だけではなかったのだ。ただ、山形は新左衛門より数十年前の現代にタイムスリップしたため、山形の方がだいぶ年上になっている。

 山形改め風見も、新左衛門と同じく斬られ役になったのだが、徐々にいい役がつき始め、主演俳優となっていく。斬られ役ではなく、“斬り役”となっていく。そして突然、風見は時代劇を捨てる。

 幕末の頃、風見は一度だけ敵を斬り殺したことがある。その時の感触の「気色悪さ」を、芝居上で人を斬っても思い出してしまうのだ。風見は、もう二度と人を斬りたくなかったのだろう。本当は、ずっと斬られ役でいたかったのだろう。だが、本物の侍だった男の精悍な面構えは、名もない斬られ役でほっとかれるわけもなく、主演俳優、つまり斬り役になってしまう。

 風見が時代劇から退いた理由を聞いた新左衛門は、「腰抜け」と罵倒する。幕末当時は風見より年上だった新左衛門は、より多くの人間を斬ってきたのかもしれない。だが新左衛門自身も、もう人を斬りたくはなかったのだろう。だから新左衛門も、華やかな斬り役ではなく、斬られ役に憧れたのだ。

 撮影は順調に進んでいたが、会津藩の悲惨な最期を台本で知った新左衛門は、クライマックスの決闘シーンを真剣で行いたいと直訴する。当然、師匠の関本には大反対されるが、新左衛門は、おそらく初めて関本に反論をする。

「役者としてではなくて、侍としてやらねばならんのでがんす……!」

 現代に馴染んできていた新左衛門が、あえて会津弁を強調して訴えている。自分は、戊辰戦争で新政府軍に破れ、悲惨な最期を遂げた会津藩の生き残りである。だからこそ、彼にとっては真剣勝負以外の選択肢はないのだ。

『侍タイムスリッパー』©2024 未来映画社

 段取りをすべて無視して、本当の真剣勝負として始まった、2人の立ち合い。あのタイムスリップ前の立ち合いで、お互いの実力のほどは十分に理解している。一瞬の油断が、本当の意味での命取りになる。2人はなかなか動かない。いや、動けない。その長い長いにらみ合いは、黒澤明の名作『椿三十郎』(1962年)のクライマックスを思い出す。この時は、長い長いにらみ合いの末のファーストコンタクトで決着がつく。では、本作『侍タイムスリッパー』での決着はどうなるのか。それは、自分の目で確認してほしい。

 ともかく映画は無事公開され、大ヒットしたようである。そして、その後も変わらず斬られ役をこなす新左衛門の姿が描かれる。1度ぐらい大役に抜擢されたからと言って、調子に乗るでもなく、おごり高ぶるでもなく、自らに与えられた仕事を粛々とこなしている。その姿を観て、往年の映画ファン、時代劇ファンなら、どうしても思い浮かべてしまう人物がいるはずだ。福本清三である。

『侍タイムスリッパー』©2024 Samurai Time Slipper. All Rights Reserved

 エンドロールの最初に表示された「In memory of Seizo Fukumoto」の献詩でもわかるように、本作は福本清三に捧げられた作品でもある。本来、関本の役は福本が演じるはずだった。だが、コロナ禍で撮影は延び、そうこうしている内に2021年1月、福本清三は肺がんでこの世を去った。

 「五万回斬られた男」、「日本一の斬られ役」として、時代劇ファンの間ではおなじみだった福本は、60歳にして突然のブレイクを果たす。トム・クルーズ主演のハリウッド大作『ラスト サムライ』(2003年)への出演オファーを受けるのだ。しかも福本は、“コロッケの舞台公演とかぶるから”という理由で、最初は断るつもりだったらしい。「私にとっては、トムさんよりコロッケさんの方が大切ですからね」と(※)。カッコよすぎるだろう。

 その後、『太秦ライムライト』(2014年)で初の主演を務めたりもしているが、基本的には、生涯に渡り斬られ役を全うした。その姿は、本作での高坂新左衛門の姿とオーバーラップする。ちなみに、本作で新左衛門が大抜擢を受ける映画のタイトルは、『最後の武士』である。つまり、『ラスト サムライ』だ。

 本作『侍タイムスリッパー』は、天国の福本にも届いていることと思う。インディーズの世界から、これだけ気骨のある時代劇が生まれ、あれだけの社会現象を巻き起こしたことを、喜んでくれていると思いたい。時代劇は、死なない。

参照
※ 福本清三・小田豊二著『おちおち死んでられまへん 斬られ役ハリウッドへ行く』(創美社)

■放送情報
『侍タイムスリッパー』
日本テレビ系『金曜ロードショー』にて、7月18日(金)21:00~23:29放送
※放送枠35分拡大 ※地上波初放送
出演:山口馬木也、冨家ノリマサ、沙倉ゆうの、峰蘭太郎、紅萬子、福田善晴、井上肇、田村ツトム、安藤彰則、庄野﨑謙
監督・脚本・撮影・照明・編集:安田淳一
殺陣:清家一斗
撮影協力:東映京都撮影所
2024年/日本/131分/カラー/1.85:1/ステレオ/DCP
©2024 Samurai Time Slipper. All Rights Reserved
公式サイト:https://www.samutai.net/

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