『28年後...』が試みた“視点”による作品世界の再構築 ゾンビ映画に持ち込まれた現実の問題

第2作『28週後...』を観ていると、スパイクの病気の母親は感染しているのだと理解してしまうが、本作ではその予想とは違う方向で、母のアイラの存在や内面を、かなり複雑に造形していて興味深い。病気の影響によって記憶が混濁しているものの、しばしば快活で人間味のある本来の彼女に戻る役柄を、ジョディ・カマーが好演する。
28年の間に進化した「俊足」、「スローロー」、そして知能と腕力を併せ持つ危険な「アルファ」の徘徊する廃墟や丘を越え、ついにスパイクは、かつて医師だったとされるケルソン(レイフ・ファインズ)の住処にたどり着く。ケルソンは感染者と共存しながら暮らしていて、そこには人骨を積み上げた奇妙なモニュメント「骨の塔」がそびえ立つ。
ここでサバイバルアクションを描いてきた本作のテイストは変化し、ディストピア的世界における“死と秩序”の関係を掘り下げ始める。ケルソンの建てた塔は、18世紀にパリの墓地不足を解消するため構築された、数百万体の遺骨を並べた地下墓所「カタコンベ」に似ている。あるいは、中世ヨーロッパの修道僧たちが机の上に骸骨を置き「メメント・モリ(死を想え)」と自戒していた習慣とも通じている。いずれも、死を恐れ忌避するのではなく、日常のなかに存在するものとして“生”の価値を見直そうとする試みだといえる。
だが本作では、それが極限状況のなかで実践されているのが異様なところだ。レイフ・ファインズは、医師としての理性や冷静さを残しながらも、どこか狂信的な人物として演じている。彼の生活空間は宗教施設のように荘厳でありながら、感染者たちがその外縁を徘徊する環境下にある。まさに理性と狂気、秩序とカオスが入り混じる、パンデミック世界の先を不気味に予言するような象徴的な場所である。
ケルソンとの対話のなかでスパイクは、“死の受容”という問いに直面する。そして骨の塔の前で、避け難い運命と真正面から向き合い、静かに涙するのだ。ここに至って彼の精神は、暴力や“男らしさ”に頼らないかたちで、一つの成熟を迎えるのである。父という庇護の存在からも、母という情緒の支えからも離れ、自らの内面に“死”を受け入れながら、スパイクは次の時代を歩み出す。
この物語構造には、シリーズにおける“極限状況のなか、どう人間は生きる意味を見出すか”というテーマを踏襲しつつも、少年の視点と成長という新たな文脈によって、絶望的な世界を解釈し直しているといえよう。彼の目を通じて観客が目撃するのは、変容した世界のなかに存在する社会秩序の残酷さと、人類が築いてきた哲学がまだ通用するかもしれないという希望なのである。
また、本作は現在のイギリスの状況を投影している面もある。欧州連合からの離脱により、移民流入の抑制を掲げた「ブレグジット」後のイギリスは、欧州諸国との関係を弱め、交易面での後退や労働者の不足などの問題を抱えるようになった。他国の人物と交流することで、スパイクは自分の国の状況や故郷ホリー島の特殊性を客観的な視点で知ることとなるのだ。こういった国際感覚も、スパイクの血肉となる。
こうした広い視点と、身内びいきでないバランス感覚と皮肉なユーモア感覚は、脚本だけでなく監督としても頭角を表し、『シビル・ウォー アメリカ最後の日』(2024年)を撮り、物語を紡いだアレックス・ガーランドの手腕がとくに機能した部分なのかもしれない。
映像面では、第1作ほど実験的ではないものの、iPhoneによる手持ちショットを混在させることで、シリーズとしての一貫性を持続させている。第1作でのチープなデジタルビデオ映像は、それがかえってリアルさを強調していたが、2025年の現在それを観ると、かなりヴィンテージ風でアーティスティックに感じられる。つまり、われわれの時代が進んだことで映像の意味合いが変化しているのである。iPhoneの使用は、現在における“リアル”ということなのだろう。
さて、本作のラストでは、おそらくは次作に繋がるだろう意外な出会いが描かれる。イギリスの有名子ども番組『テレタビーズ』をフィーチャーしたのではないかと思われる、宗教的で異常な集団の登場が、続編でスパイクにどんな葛藤と成長を与えることになるのか、いまから楽しみだ。
コロナ禍におこなわれたロックダウン、ブレグジット後の内向きなナショナリズム、そして情報遮断によって生まれたのかもしれない陰謀論的集団……本作『28年後...』は、現実の問題をゾンビ映画に持ち込み、人間の存在をさまざまな観点から描き出そうとする。まだまだ成長していくだろうスパイクの瞳が、われわれの世界と地続きだといえる、作品世界の深刻な事態に、何らかの答えを出してくれることに期待したい。
■公開情報
『28年後...』
全国公開中
出演:ジョディ・カマー、アーロン・テイラー=ジョンソン、ジャック・オコンネル、アルフィー・ウィリアムズ、レイフ・ファインズ
監督・プロデューサー:ダニー・ボイル
脚本・プロデューサー:アレックス・ガーランド
エグゼクティブ・プロデューサー:キリアン・マーフィー
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
公式サイト:https://www.28years-later.jp/
公式X(旧Twitter):https://x.com/28YearsLaterJP























