『呪術廻戦』夏油傑の“闇堕ち”が象徴するものとは 『少年ジャンプ』が示す“新たな王道”

『週刊少年ジャンプ』においては1990年代前半から2010年代前半にかけて、「人が死なない作品」が看板マンガとして覇権を握ってきた。今も圧倒的な看板である『ONE PIECE』では、(過去編をのぞき、特にエースや白ひげが亡くなるまでは)「死を描かない作品」としての印象が強く、また同時代に看板を担っていた『NARUTO』や『BLEACH』を想起してみれば、なによりも、主人公が「敵を倒す」物語に収まりながら、人としての「誰かを殺す」という描写は覇権マンガにおいて徹底的に避けられたうえで、「死」との距離が測られていたと言える。
そういった観点からみると、『ジャンプ』の代表作として後世も名前を挙げられるであろう『ドラゴンボール』が、メインキャラの死こそあるものの、「ドラゴンボール」を使えばいくらでも生き返るというバランスをとったのは、この「人が死なない」という流れを作り上げた大きなきっかけでもあるだろう。ここで「少年誌」としての『ジャンプ』における「死」は悪く言えば1つ軽くなり、良く言えばそういった不可逆の深刻さはある種の御法度になっていった。同様に『NARUTO』でも「死者が蘇生する」という流れは幾度も訪れる。こうして、「友情・努力・勝利」を三大原則としている『週刊少年ジャンプ』の 1990年代前半から2010年代前半にかけての“王道バトルマンガ”には、今も再アニメ化が行われる『るろうに剣心』よろしく、「不殺(ころさず)の誓い」が根付いていたとも言えるだろう。
そんな中で、後戻りのない「死」を現実的なものとして描くことによって、こういった流れを決定的に変えた作品が『鬼滅の刃』である。そこから、『呪術廻戦』や『チェンソーマン』が、かつては『DEATH NOTE』などをして、“邪道”と言われていたダークファンタジーの雰囲気を前面に纏ったまま、世間の評価をほしいままにしていく。
『鬼滅の刃』煉獄杏寿郎はなぜ“最初の犠牲者”に? 炭治郎たちに与えた決定的な影響
5月9日より5週間限定で、『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』のリバイバル上映が実施されている。同作といえば国内興行収入404.3億…これらの作品の登場の背景にはインターネットの普及があるとも考えられる。それはSNS以前の、「2ちゃんねる」や「まとめサイト」の文化から始まっており、インターネットの発展とともに行われた、読者の声の並列化に伴い、前述したようなこれまでの「ジャンプ」らしさによるマンネリの回避は「死」を正面から描くシリアスとリアリティを取り入れ、その上で「友情・努力・勝利」の“王道バトルマンガ”と融合する形で遂げられていく。
さらに、アニメの放送枠の変化も社会的な成功の1つの要因だと言えるだろう。夕方や朝に放送されていた時代から、深夜アニメの時間帯に移行し、各種サブスクを中心にして受容されるようになっていく。また、そういったトレンドは、連載期間の短期化のほか、主人公の目標や動機の変化にも見受けられるだろう。「海賊王」や「火影」といった相対的なNo.1を目指す物語から、「妹を助ける」「目の前の人を救う」「いい生活をする」という自分1人分の絶対的な何かを目指す物語へともシフトしているのだ。最も、この要素に関しては『BLEACH』がその橋渡しも担っている。
製作者にとっては“制約”も? 相次ぐ『週刊少年ジャンプ』作品アニメ化について考える
2016年に公開され、大ヒットを記録した、新海誠監督の劇場長編アニメーション『君の名は。』。その予想以上の盛り上がりは、一つの結…こういった意味で、かつての王道を正当に継承している看板マンガは『僕のヒーローアカデミア』であったと言えるが、大衆的な指針としての劇場版の興行収入では『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』がやはり上回っているというのも事実である。こういった流れを踏まえて、現代の『週刊少年ジャンプ』は新たな“王道”の時代に突入していると言えるだろう。
そして、とりわけ『呪術廻戦』では、より個人の尺度や善悪の認識に焦点を当てることによって、「殺すこと」に対して罪と罰や、「死」によって受け継がれる人の思いが丁寧に描かれているのだ。それは『呪術廻戦 懐玉・玉折』において、夏油の語る「意味のある殺し」というセリフにも集約されていると言える。
さらに、最強の友でありライバルが近くにおり、社会のためという大義を抱えながらも、等身大の人としての苦悩に陥っていく様を見るに、夏油傑とは、かつての“王道バトルマンガ”を背負うにたる主人公の器をもっている男であり、だからこそ、彼の「闇堕ち」は『呪術廻戦』の中でも一際大きな翳りを放つのだ。そして、そんな夏油との関係を経験してきた五条悟の現在につながる変化こそがまた、今、改めてでも、総集編を見ておくべき理由なのである。

本作は、五条悟の眠りの中での回想シーンとして締めくくられており、最後に彼が目を開くと、そこには自らが育てている若人たちがいる。
またそのうちの1人は、本作において、伏黒甚爾が死の間際に五条に託した子でもあり、こうして多層的に物語は現在へと受け継がれていく。過去から現在にかけて「俺」から「僕」へと一人称も変化させた彼が、この物語を踏まえて行なってきたことは仲間を作ることであり、夏油と虎杖を分けた違いは、「1人で戦っていたのか」「そんな仲間たちと戦っているのか」という観点でも際立ってくることだろう。
そして、大変ありがたいことに『呪術廻戦』は第3期となる「死滅回游」が鋭意制作中となっているのだ。『呪術廻戦 懐玉・玉折』は、もちろん、全ての物語の始まりとして初見で楽しむもよいのだが、これから新たに虎杖を待ち受ける未来と決断、五条がみせる覚悟の前に、やはり、ファンこそ今一度向き合うべき作品である。
■公開情報
『劇場版総集編 呪術廻戦 懐玉・玉折』
全国公開中
原作:芥見下々『呪術廻戦』(集英社ジャンプコミックス刊)
キャスト:中村悠一(五条悟役)、櫻井孝宏(夏油傑役)、遠藤綾(家入硝子役)、永瀬アンナ(天内理子役)、子安武人(伏黒甚爾役)
監督:御所園翔太
シリーズ構成・脚本:瀬古浩司
キャラクターデザイン:平松禎史、小磯沙矢香
副監督:愛敬亮太
美術監督:東潤一
色彩設計:松島英子
CGIプロデューサー:淡輪雄介
3DCGディレクター:石川大輔(モンスターズエッグ)
撮影監督:伊藤哲平
編集:柳圭介
音楽:照井順政
音響監督:えびなやすのり
音響制作:dugout
制作:MAPPA
主題歌:キタニタツヤ「青のすみか (Acoustic ver.)」(Sony Music Labels)
配給:TOHO NEXT
©芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会
公式サイト:https://jujutsukaisen.jp























