『あんぱん』嵩が配属された“宣撫班”とは? やなせたかしの著作から史実を解説

『あんぱん』宣撫をやなせたかし著作から解説

映画史における日本への「宣撫」

 戦争と占領に関係する宣撫活動は、日本軍に限った話ではない。日本がアメリカに敗れて占領された時期にも行われている。GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)がメディアや娯楽を検閲する中で、占領国のアメリカに関心を向けさせるような情報が発信されたというのは知られた話。吉田守男の『日本の古都はなぜ空襲を免れたか ウォーナー伝説のウソ』(朝日文庫)のように、京都が空襲を受けなかったのは貴重な文化財を守るためだという理由が、戦後に後付けのように流布されたことを指摘している本もある。

 ナトコ映画(CIE教育映画)と呼ばれる、GHQの民間情報教育局(CIE)が主導して民主主義理念の啓蒙を目的とした映画が、日本の各地で上映されたことも記録に残っている。早稲田大学の演劇博物館紀要『演劇研究』第37号に所収の渡邉大輔による論文「初期東映動画における教育映画の位置─主に国際化路線との関わりから」によれば、1948年から1951年の間に延べで9億4500万人もの観客が動員されたというから、宣撫にかけるGHQの熱意は相当なものだったようだ。

 このナトコ映画に携わった日本のクリエイターに、後に東映動画(現東映アニメーション)で最初の長編アニメーション映画『白蛇伝』を監督する藪下泰司もいた。渡邉の論文は、GHQの宣撫活動に近いところにいた藪下の存在が、満州での宣撫を担った満映(満州映画協会)を経て、東映教育映画部部長に就いた赤川孝一(赤川次郎の父)とも合わさり、東映動画に「『国外』への/からのまなざし」を育ませて日本のディズニーを目指すという方針に繋がった可能性を示唆している。

 そんな東映動画出身の宮﨑駿監督や高畑勲監督、『宇宙海賊キャプテンハーロック』のりんたろう監督らが世界中で大人気となり、日本のアニメーションであり文化への関心を高めているのは興味深い話だ。意図してのプロパガンダではなく、純粋な面白さで宣撫のような成果を出す。それが、戦争から戻ってきたやなせも創作活動を通して目指したことなのだろう。

 上海で終戦を迎えたやなせは、復員船に乗るまでの間、連隊内で行われた演劇コンクールに下士官だけを集めたチームで臨み、脚本と演出を担当した。歌も作って仲間たちに喜ばれた。まさにクリエイターだ。もっとも、描いた絵は機密に触れるおそれがあって、指摘されると帰国が遅れる心配があると、すべて焼いてしまったらしい。ドラマの『あんぱん』で嵩が描いたようなものだったのだろうか。気になるところだ。

■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、加瀬亮、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、細田佳央太、高橋文哉、中沢元紀、大森元貴、二宮和也、戸田菜穂、浅田美代子、吉田鋼太郎、竹野内豊、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK

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