『しあわせは食べて寝て待て』が最終回まで届けてくれた、“自分を労わる”生き方のすすめ

『しあわせは食べて寝て待て』は薬膳ドラマだ

 普段は年齢を問わず、就労を希望する人が働けて、団地の住民が井戸端会議できるカフェになる。経費削減のため、食器はすべて住民から集めた不用品。カフェの一角では鈴がハンドメイド作品を販売し、高麗(土居志央梨)が壁面を利用して個展を開く。一度は団地を出た弓も気軽に帰って来れる場所だ。

 ある日は、地方に移住した反橋(北乃きい)と八つ頭(西山潤)が育てる産地直送の野菜で作ったウズラさん(宮崎美子)の体に優しいご飯を、さとこの薬膳茶と一緒に提供。自分の居場所を見つけて生き生きと働く娘を見たら、惠子(朝加真由美)も安心するだろう。司も帰ってきて、住民に出来立ての料理を配達する。

 そんな夢のような光景をあくまでもさとこの想像の中だけに留めるところが、常に今を生きる人たちに寄り添ってきたこのドラマらしいなと感じた。終わりの見えない不景気に加えて新型コロナウイルスの流行、物価高騰、気候変動に戦争の脅威。今は歴史上稀に見るほど希望を持ちにくい世の中と言っても過言ではない。そんな中ではさとこが夢見るレンタルスペースも、つい「そんなに上手くいきっこないよ」と思ってしまうのも仕方ないだろう。ハイキング中に認知症で徘徊していた男性を保護した司。駆けつけた介護士の「もう帰れる家はないのに」という一言に胸がちくっとした。鈴のように生まれ育った場所でたくさんの人に囲まれて楽しく暮らす未来より、こちらの未来の方がリアルに想像できて身につまされる人が多いのではないだろうか。

 未来は不確実だから不安になるのは仕方がない。じゃあ、どうすればいいかはすでに青葉が教えてくれている。ネガティブ・ケイパビリティ(自分の力ではどうにもならない状況を持ちこたえる能力)だ。持ちこたえるための方法はきっとたくさんあって、その一つが薬膳なのだろう。団地に引っ越し、体においしい薬膳ご飯と適度な人々とのゆるやかな繋がりの中で自分を労わるうちにいつの間にかさとこは一喜一憂することが減っていた。

 友人の「愚痴を聞いてほしい」というお願いを断り、梅雨の不調を和らげることを優先したさとこ。理由はちゃんと説明したけれど、相手が理解してくれるとは限らない。レンタルスペースも実現するかどうかはわからない。それでも、今は「やれるだけのことはやった」と思える。それは司も同じ。ヤングケアラーだった司は認知症の祖母が行方不明になった時、「このまま見つからなければいいのに」と思ってしまったことにずっと罪悪感を抱いていた。けれど、それも含めて過去の自分を認めてあげることができた司は団地に帰ってくる。司の姿が視界に入った瞬間、感激で呼吸が浅くなる鈴の様子にこちらまで胸がいっぱいになった。

『しあわせは食べて寝て待て』になぜ視聴者は癒やされたのか 小松CPが明かす制作秘話

桜井ユキ主演のドラマ『しあわせは食べて寝て待て』(NHK総合)が早くも残り2話となった。本作は、水凪トリの同名漫画を原作に、膠原…

 思うに、誰かがくれる優しさも、どうにもならない状況を耐え得るための薬膳だ。約2カ月間、心温まる優しい物語を届け、私たちの漠然とした不安を和らげてくれた本作はまさに「薬膳ドラマ」だった。果報はきっと誰のもとにも巡ってくる。その訪れをしっかりキャッチできるように、このドラマを胸に自分を労わりながら、今できることをコツコツとやっていこう。そうすればいつか、さとこたちにもまた会えるかもしれない。

■配信情報
ドラマ10『しあわせは食べて寝て待て』
NHKプラス、NHKオンデマンドにて配信中
出演:桜井ユキ、宮沢氷魚、加賀まりこ、福士誠治、田畑智子、中山雄斗、奥山葵、北乃きい、西山潤、土居志央梨、中山ひなの、朝加真由美
原作:水凪トリ『しあわせは食べて寝て待て』
脚本:桑原亮子、ねじめ彩木
音楽:中島ノブユキ
演出:中野亮平、田中健二、内田貴史
制作統括:小松昌代(NHK エンタープライズ)、渡邊悟(NHK)
写真提供=NHK

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