『しあわせは食べて寝て待て』になぜ視聴者は癒やされたのか 小松CPが明かす制作秘話

リアルだけど重すぎずの“塩梅”がドラマの生命線だった

――近年は同じくNHKドラマの『団地のふたり』をはじめ、団地を舞台にした作品が増えているように感じますが、小松さんが思うドラマにしたくなる団地の魅力とは何でしょうか?
小松:私は初めて団地でロケをさせていただいたんですが、緑は多いし、目の前に公園があって、すごく暮らしが穏やかです。撮影している間もずっと立ち話をしている人たちがいたり、誰かがベンチに座って休んでいると通りがかった人が声を掛けていたりしていて、今ではめっきり減ってしまった緩やかなコミュニティが形成されていて、その中で安心、安全に暮らしていける感じが魅力だなと思いました。
―― 一方で本作では建物の老朽化や生活音など、団地で暮らしている人が直面するリアルな問題も描かれています。その意図について教えてください。
小松:団地の多くは高度経済成長期に建てられたものなので、だいたい築40~50年ほど経っています。そうすると建物も老朽化してくるのでどこまで修繕するか、一人暮らしの高齢者の方が増えているのでエレベーターを新設するかどうかなど、いろいろと検討する必要が出てきているタイミングでもあると思います。本作は“今”を描くドラマなので、団地を舞台にするならば、そういう問題を取り上げることは避けられないなと。なので、考証の方にも入っていただき、団地が置かれている現実もしっかりと描くことにしました。
――“今“を描くというところで言うと、第3話で米不足の問題に触れられていましたよね。こうしたタイムリーな話題を取り上げつつ、リアルだけど、重すぎてしんどくならない描き方が絶妙だなと思いました。その塩梅はすごく難しかったのではないでしょうか。
小松:まさに今おっしゃっていただいた、“塩梅“がこのドラマの生命線だと思っていました。先ほど麦巻さんのキャラクターのところでもお話しましたが、原作は暗さと明るさ、強さと弱さ、優しさと厳しさなどの“塩梅”が絶妙なんですよね。なので、ドラマもご覧になっている方が「できすぎだよね」とはならず、でも重たすぎてしんどくはならない、ちょうどいい“塩梅”をこの作品に携わる全員が心がけて作品を作っていきました。
――特に弓ちゃん(中山ひなの)の描写にその“塩梅”の良さが表れているなと思いました。
小松:弓ちゃんについては視聴者の皆さんから想像以上の反響があり、自分事のように受け止めてくださっていることを嬉しく思いました。弓ちゃんは麦巻さんにとって、団地に来てから初めて自分から呼び止めて手を伸ばした人。ただ、台詞にもあるように、弓ちゃんの苦しみは弓ちゃんにしか分からないし、麦巻さんが何か行動を起こして弓ちゃんの家庭環境が大きく変化するというようなことは決して起こりえない。だけど、言葉をかけるとか、部屋を貸してあげるとか、金柑のシロップ漬けをお裾分けしてあげるとか、そういう自分に出来るちょっとしたことでも相手の心が救われる瞬間があるということを描きたかったんです。
――麦巻さんとの司のお互いを気にかけつつも、恋愛には終始しない絶妙な関係性も心地よくて素敵だなと思いました。2人の関係性を描く上で心がけていたことはありますか?
小松:麦巻さんと司さんのことは、何となくお互いが言葉にならない思いを分かり合える2人にしたいなと思っていました。なので、2人が話しているシーンでは、相手の言葉を受けて、思いを巡らせている時の表情をなるべくじっくり見ていただくようにしています。ただ、何を考えているかに関してはご覧になっている方々の想像に委ね、明確な答えを急がないようにしました。

――いよいよドラマは残り2話となりましたが、言える範囲で最終回に向けた見どころを教えてください。
小松:原作はまだ連載中で、麦巻さんたちの人生もまだまだ続いていきますが、ドラマは完結する以上、物語をどこかに着地させなくてはいけません。なので、原作者の水凪さんとも相談させていただきながら、残りの第8~9話に関しては原作の魅力を損なわない範囲でオリジナル要素を加えさせていただいています。ただこれまで通り、劇的なことは起こさずに、麦巻さん、鈴さん、司さんがこれまで考えないように蓋をしていた部分をきちんと見つめ直す回にしたいなと思いました。その中で麦巻さんが自分なりにできることを考え、今までとは違うアクションを起こしていくんですが、それもあまりできすぎたことにならないように、傍から見ればちょっとしたことかもしれないけれど、本人にとっては大きな一歩となるような描き方をしたつもりです。
――人生は思い通りにならないことが多く、特に厳しい今の社会では誰もが何かしらを諦めて生きていると思うんです。だからこそ麦巻さんに共感する方が多かったのかなと思うんですが、そんな視聴者の皆さんに向けて何かメッセージはありますか?
小松:第2話で「よく『果報は寝て待て』って言うでしょ。だから、運が巡ってくる時のために、少しでも元気になっていないとね」というタイトルに繋がる鈴さんの台詞が出てきましたが、誰にでも果報が巡ってくる瞬間は必ずあると思うんですよね。だからどうか全てを諦めて心を閉ざすのではなく、頑張れない時はそんな自分を認めてあげて、時機の訪れをしっかりキャッチできるように、自分を労わりながら穏やかにゆっくりと日々を過ごしていただきたいです。私も麦巻さとこから学んだことです。
――最終回直前の5月24日には、特集番組『しあわせは食べて寝て待て~ありがとうSP』が放送されることも急遽決定しました。
小松:「嬉しいけれど、終わっちゃうのが寂しい」というお声をたくさんいただいて、私たちも驚きと感謝でいっぱいです。今回の特番ではクランクアップ直後の桜井さん、宮沢さん、加賀さんがセットの中で印象に残っているシーンについてトークを繰り広げます。皆さんがどのようなことを考えながら演じていらっしゃったのかも分かる内容になっていますので、ぜひ最終回前にお楽しみいただければ幸いです。
■放送情報
『しあわせは食べて寝て待て~ありがとうSP』
NHK総合にて、5月24日(土)9:30~9:53放送
NHK総合にて、5月25日(日)24:25〜24:48、5月26日(月)11:30〜11:53再放送
ドラマ10『しあわせは食べて寝て待て』
NHK総合にて、毎週火曜22:00~放送
出演:桜井ユキ、宮沢氷魚、加賀まりこ、福士誠治、田畑智子、中山雄斗、奥山葵、北乃きい、西山潤、土居志央梨、中山ひなの、朝加真由美
原作:水凪トリ『しあわせは食べて寝て待て』
脚本:桑原亮子、ねじめ彩木
音楽:中島ノブユキ
演出:中野亮平、田中健二、内田貴史
制作統括:小松昌代(NHK エンタープライズ)、渡邊悟(NHK)
写真提供=NHK




















