『スロウトレイン』キャスティング秘話や裏話も 野木亜紀子と土井裕泰が語る“時代の変化”

野木亜紀子と土井裕泰が語る“時代の変化”

 “家族の在り方”を描く新時代のホームドラマとして、2025年1月2日にTBS系でオンエアされた新春ドラマ『スロウトレイン』。松たか子、多部未華子、松坂桃李演じる3姉弟(きょうだい)が、自分なりの幸せを探し生きようとする姿に、多くの視聴者から共感を呼んだ。そんな『スロウトレイン』のBlu-ray&DVDが5月30日にリリースされる。

 本作は、これまでTBS系の連続ドラマ『空飛ぶ広報室』、『逃げるは恥だが役に立つ』、『重版出来!』、映画『罪の声』でタッグを組んできた脚本家・野木亜紀子×監督・土井裕泰による、初のオリジナル作品としても注目を集めた作品でもある。

 そこで今回は野木と土井の2人が本作を振り返りながら、あらためて感じた時代の変化から、もう一度チェックしてもらいたいこだわりのキャスティング、そして信頼を寄せる相手の魅力について語ってもらった。

もっといろんなものを許容していく、そんなドラマを提示したくて

ーーオンエア後、どのような反響が届きましたか?

土井裕泰(以下、土井):SNSなどを通じてみなさんの感想を拝見しました。思っていた以上に、葉子(松たか子)、都子(多部未華子)、潮(松坂桃李)の3人にご自身を重ね合わせて観てくださった方がいらっしゃって、とても嬉しかったです。いわゆる「家庭」というものを描いているわけではなかったのですが、それでもあえてお正月に「ホームドラマ」と銘打ってやりたいという気持ちがありました。それがどう受け止められるのか、興味がありながら、ちょっと心配でもあったので。なかでも嬉しかったのが、「自分を肯定してもらえた気がする」といった声でした。自分では納得していても、やっぱり結婚をしていないことや子どもを持たないことにどこか後ろめたさみたいなものを感じていた人たちが、このドラマを観てちゃんと「これでいいんだ」って思えたっていう意見を多くいただいて。それだけでも、このドラマをつくってよかったなと思いました。

野木亜紀子(以下、野木):お正月から主人公が1人で年越しそばをすする話もどうなのかなっていうのもありましたが、そういう人もいるのが今の時代のお正月だとも思っていて。実際、私も今年のお正月は仕事をしていましたし、友人たちを見渡しても結婚して家庭を持っている人と独身と半々ぐらいなんですよね。ならば、そろそろシングルの女性が主人公のホームドラマをお正月にやってもいいんじゃないかなと。友人たちからもそれぞれの立場で「面白かった」という声をもらえました。ただ一方で、こういう企画はなかなか企画として通りにくいんですよね。そのあたりは、プロデューサー陣が苦労していたようです。

ーーテレビドラマは一時期、わかりやすさが求められている風潮が強くあるように感じましたが、今もその流れは変わりませんか?

土井:大きくは変わっていないと思います。今回のドラマについても「今のところ誰も結婚していない3人の姉弟がいて……」と内容を説明すると、まず「じゃあ、誰と誰がくっつくの?」「ラブ線はどこにあるの?」みたいな反応も多かったですね。

野木:それだけ日本のドラマといったら、パートナーがいて、いわゆるファミリーという形が「基本」としてつくられてきたんだと思うんです。だったら、そろそろその枠とは違う形のドラマがあってもいいんじゃないかなって。

土井:私は長年ドラマの現場にいますが、このところ、もっといろんなものを許容すればいいのにっていう気持ちがいつもあったんですよね。例えば、最近だと考察するドラマがものすごく流行ってるじゃないですか。そうすると、企画を考える側も「何回どんでん返しがある」とかそういうキャッチーなネタばかりを求められて、そのことに縛られすぎているというか、自由であるはずの若いクリエイターたちが逆にとても不自由にみえることがあって。『スロウトレイン』をつくることにしたのも、刺激的な展開が次から次へと起こらなくとも、ここにもちゃんとドラマは描けるよということを提示しておきたいという気持ちがあったんだと思います。それで、もともとあまり自分から「これがやりたい」って言うタイプではないんですが、今回は自分が60歳になるっていう節目に託つけて、「野木さんとオリジナル作品をやってみたい」って言ってみたんです。この何度も使えないカードを切ったら、もしかしたら企画が通るかなという目論見もあって。

野木:それを私がオンエア前の対談インタビューで「卒制」と称してしまったために、いろいろ割愛されて「これが土井監督の卒制作品!」みたいな記事がたくさん出てしまって。土井さんはそんなテンションじゃなかったのに、なんかごめんなさいって思っていました。

土井:いやいや(笑)。

野木:私としては、土井さんに声をかけてもらえて、参加できてよかったです。とても楽しく書かせてもらいました。

脚本家・野木亜紀子が持つ「筋を通す」根性と「優しい」まなざし

ーーおふたりがタッグを組むとあって、魅力的な俳優陣が集まったことも話題になりました。

野木:そうですね。最初に松(たか子)さんが主人公というのが決まって。それから私たちは2人とも(星野)源さんと結構お仕事をさせてもらっていたので「なんか源さんはどこかに出てほしいよね」という話にもなり……。キャスティングでは土井さんのこだわりが炸裂しましたよね。

土井:松さんと源さんが出るとなったら、個人的にどうしても叶えたいことがあって。この2人といえば、年末に『空耳アワード』(※テレビ朝日系『タモリ倶楽部』の人気コーナー『空耳アワー』の年間最優秀作品を決定する拡大版)に毎年出演されてたんですよね。僕はいつもそれを楽しみにしていたんですけど、2023年に番組が終了してしまって、なんかすごく喪失感があったんです。それが『スロウトレイン』で、この2人が揃うことになって。しかも新春のタイミングで……となったら、なんとか『空耳』俳優の方にも出ていただきたいって思ってしまったんです。オファーをしてみたところ、葉子がマッチングアプリで会う2番目の男性役として『空耳』では「尻男優」として有名な有田久徳さん、都子が務めていたカフェの店長役に野田美弘さんが出演していただけることになりました。現場では松さんもすごく喜んでくださったので、もう僕としては本望です(笑)。

ーーこれは『空耳』ファン必見ですね。

土井:はい、ぜひ見返していただきたいです(笑)。それからマッチングアプリで会う相手役のひとりは、宇野祥平さんにもやってもらいたいと思っていました。そこで宇野さんが宅配便の人に「ごくろうさまです」って言おうとして喉がカスカスになって言えないっていう流れがあるんですけど。それと野木さんが脚本を書かれた映画『ラストマイル』で、宇野さんが宅配する側を演じられているのと「符号してる!」って話題になって。でも、そのときは何も意識していなかったんですよ。

野木:そうそう、本当にたまたまですよね。当て書きでもないですし。私なんて観ていても全然気づかなかったくらい。

ーー図らずも『ラストマイル』ファンも見逃せない展開に(笑)。去年から今年にかけて『ラストマイル』、『海に眠るダイヤモンド』(TBS系)、そして『スロウトレイン』と野木さんの作品が豊作で、土井監督も4月4日には『片思い世界』が公開されました。おふたりが塚原あゆ子監督、脚本家の坂元裕二さんと入れ替わるようにタッグを組んでいることでも注目されていますが、あらためて土井監督から見た野木さん、坂元さんが書かれる脚本の魅力についてお聞きしたいです。

土井:共通しているなと思うのは、やっぱり今生きている人たちがどういう感覚を持っているのかっていうところにすごくビビットであること。なおかつ、人間を見る視線が優しい。それが今の視聴者に刺さっているんじゃないんでしょうか。

ーー野木さんに「オリジナル作品を書いたほうがいい」とおっしゃったのは、ほかでもない土井監督だったとお聞きしました。

土井:野木さんは、自分が納得しないものは書かない人なんです。例えば、原作がある作品だとしても、「これとこれとこれのエピソードで1本作ればいいじゃないか」っていう安易なことは絶対にしない。そこに野木さんなりの筋を通そうという気概があるんです。ちゃんと生きている人間の気持ちと行動が繋がっていて、なおかつエンタメとして面白くなっていないと書かないんですよ。以前、連続ドラマでご一緒したときも、もうこれでいかないと間に合わないっていうギリギリのことがあったんですが、でもそのとき野木さんが「これではやりたくない」と、一度出来上がっていた脚本を徹夜で全部書き直したんですよね。それで上がってきたものを読むとやっぱり「おお、なるほど」っていうものができて。その根性もハンパないし、とても信用できると思いました。オリジナルの作品を書く力があるし、純粋にそれを観たくなったんです。

野木:土井さんが言ってくださらなかったら『アンナチュラル』(TBS系)もなかったわけですし、そうしたら『MIU404』(TBS系)も『ラストマイル』も生まれなかった。それこそ『MIU404』で言うところの分岐点の始まり、「スイッチ」の人です。

土井:活躍のきっかけになれたとしたら、本当に誇らしいですね。今回、いろんな作品が重なっているタイミングで忙しいのは承知の上で『スロウトレイン』を頼んだので、「大変じゃないのにしよう」と言っていたんですけど、やっぱりちゃんと江ノ電のことから盆石のことまで細かく勉強して。韓国人男性へのリアルな恋愛事情も取材していましたからね。

野木:調べないと書けないですよ。絵空事過ぎるものは、なんだか気持ち悪くて。盆石についても一応入門しましたから。あの先生の役をされたのは、本当に教えてくださった盆石教室の師範の方で。そこで師範のお母様が「私、盆石できないのよ。鼻息で飛んじゃって」っておっしゃっていたところから、あの葉子が鼻をつまむっていうシーンができました。

土井:そうなの? 僕は野木さんが鼻息で飛ばしたんだと思ってたよ(笑)。

野木:先生のお母様のエピソードでした(笑)。盆石の哲学の部分だとか、フリーで働いている編集者さんの話とか、取材しないとわからない部分はたくさんあって。とはいえ、今回は新春ドラマということだったので、リアリティの強い厳しい現実よりも、優しい作品を目指しました。土井さんからは最初に、私がテレビ東京で書いた『コタキ兄弟と四苦八苦』(テレビ東京系)みたいな方向という話もあったので。撮るのが土井監督ですし。どんなジャンルでも撮れる監督ですが、じっくりとした人間ドラマが一番得意だと思うので、こちらもそれに合わせていこうと。

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