『青春ブタ野郎』はなぜファンを惹きつけ続けるのか？　“ラノベ文体の映像化”を分析

『青春ブタ野郎』のアニメ化はなぜ傑作なのか？

　そう考えたとき、冒頭で触れたような咲太の身体のことを思い出してみたい。彼の身体は傷つき、血を流す。そしてそれは、思春期症候群に基づくものなのだった。彼の身体はまさに、リアリズムによって描写される身体にフィクショナルな傷が表象され、またそれが違和感なく同居しているという意味で、「不透明な身体」そのものだ。

　咲太は、思春期症候群に関係する傷を自身の身体に引き受けることによって主体性を引き受ける。そうすることで、思春期症候群の関係者として問題に介入してゆくことができるようになる。それは完全にリアリズムに立脚した読者にはできないことなのであり、このとき読者と咲太は視点が同期していたとしても、身体的には完全に分立し、読者の同一化を許さない。そうしてはじめて、咲太は読者のマチズモの隠蔽・温存から解放され、主体性を持ったことによって自身でデタッチメントすることを選択し、少女たちに「主体性」を与えてはいないか。そしてそれは、「半透明な言葉」を用いて主人公と読者を切り離すことで、主人公が主体性を引き受けながらも少女たちの主体性を奪還するという、ライトノベルのもう一つの可能性をありありと示しているのだ。

　このことは、アニメーションにおける本作の描かれかたにも現れている。それこそが『青ブタ』シリーズのある種の達成でもあるだろう。本作のアニメシリーズは、観てみると分かるとおり全体を通して常にデジタルアニメーションで制作されている。他方でいわゆる「聖地」である鎌倉はその場所が比較的容易に同定できる。それは言ってしまえば、「不透明で非現実的な表現」であるとともにリアリズムに即して描かれてもいるということだろう。つまり『青ブタ』は、アニメーションの水準でも「半透明な身体」を描き、それによってライトノベルにおいて達成した成功を翻案することに成功しているのだ。その意味で、本作はライトノベルとアニメーションという二つのメディアを最もうまく接続させた作品のひとつだろう。

　一般的にみて『青ブタ』の映像が突出して良いかと問われれば、恐らくそうではない。けれどもそれは、決して悪いことではない。「半透明な身体」を描くことに、おそらく過度な撮影処理やリアリズム優先の映像制作は必要ない。むしろそのことによって本作は、逆説的に「ライトノベルのアニメーション化」というメディアミックスの問題に普遍的な終止符を打っている。ライトノベルのアニメ化において「半透明な言葉」を視覚的に再現すること。それはライトノベルの可能性を他媒体にひらく契機にもなりうる。もちろんそれはこれまで多くに作品で行われてきたことだが（「聖地巡礼」が話題となるライトノベル作品のアニメ化は、いくらでも思い出せる）、『青ブタ』はそれを行いつつも「思春期症候群」という「非日常」と接続させることで、改めてライトノベルのもつ豊かな可能性を視覚的に示している。アニメ版『青ブタ』の描く世界は、もっとも「ライトノベル」のリアリズムの表現に成功していると言えるのだ。

参照
※1. 東浩紀『ゲーム的リアリズムの誕生　動物化するポストモダン2』講談社現代新書、2007年、95頁
※2. 同96〜98頁
※3. 宇野常寛『ゼロ年代の想像力』ハヤカワ文庫、2011年、344頁（初版は早川書房、2008年）

■放送情報
TVアニメ『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』
再放送中
TOKYO MXにて、毎週水曜24:30～
群馬テレビ  ：毎週水曜24:30～
とちぎテレビ：毎週水曜24:30～
BS11：毎週水曜24:30～
メ～テレ ：毎週木曜26:00～
※放送時間は変更になる可能性あり
©2018 鴨志田 一／KADOKAWA アスキー・メディアワークス／青ブタ Project

TVアニメ『青春ブタ野郎はサンタクロースの夢を見ない』
2025年7月放送予定
原作：鴨志田一（電撃文庫刊「『青春ブタ野郎』シリーズ」）
原作イラスト：溝口ケージ
監督：増井壮一
シリーズ構成：横谷昌宏
キャラクターデザイン：田村里美
音響監督：岩浪美和
音楽：foxcaptureplan
制作：CloverWorks
製作：青ブタProject
キャスト：石川界人（梓川咲太）、瀬戸麻沙美（桜島麻衣）、
上田麗奈（ミニスカサンタ）、東山奈央（古賀朋絵）、
種﨑敦美（双葉理央）、内田真礼（豊浜のどか）、久保ユリカ（梓川花楓）
公式サイト ：https://ao-buta.com/
公式X（旧Twitter）：@aobuta_anime
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