『べらぼう』渡辺謙が新たな人物像を構築 “早すぎた改革者”田沼意次の生涯を辿る

浅間山大噴火が田沼を失脚させ、フランスに革命を引き起こした?
田沼失脚の一番の原因は、不運にもこの時代に天変地異が集中して起きたことにある。特に「天明の大飢饉」を契機に各地で一揆や打ちこわしが起こり、庶民の不満や憎悪は権力者・田沼に向かったとされている。
一説には全国で90万人もの死者を出したと伝わる天明の大飢饉は、1782年(天明2年)にはじまり、1788年(天明8年)ごろまで続いた。1783年(天明3年)の「浅間山大噴火(天明大噴火)」によって東日本を中心にさらに悪化する。
浅間山大噴火のすさまじさは、イギリス人研究家による「フランス革命に影響を与えた」とする説もあるほどなのだ。
浅間山大噴火と同年には、アイスランド・ラキ火山でも大噴火が起きたため、双方の大量の火山灰が北半球に降り注ぎ、世界的な異常低温と凶作を引き起こしたと考えられる。その結果、フランスでも農作物が壊滅的な被害に遭った。飢餓による民衆の不満の矛先は王家に向かい、革命を勃発させたというのである。
日本でも、浅間山大噴火の前に連続して、三原山(1777年(安永6年))や桜島(1779年・安永大噴火)でも大噴火が起きているため、その複合的な影響とみるべきだろう。いずれにしても、それほど影響の大きかった一連の大噴火がなければ、田沼の政権はもう少し永らえたのかもしれない。
田沼失脚の陰の黒幕とは?

孤立を深める中、田沼の長男・意知(宮沢氷魚)が佐野政言(矢本悠馬)に殺害される事件が起こる。事件は「乱心」として処理され、佐野は切腹。しかし世論は意知の死を大歓迎し、佐野は「世直し大明神」と称えられたという。
失意の田沼はその後、立ち上げる政策がことごとく失敗。とどめとなったのは、後ろ盾となっていた10代将軍家治(眞島秀和)の死である。家治の死のたった2日後に田沼は老中を辞任し、厳しい処罰がくだった。
5万7千石の領地は1万石に、財産は没収され、相良城は破却。これは江戸時代を通じて失脚したほかの幕臣と比較しても厳しすぎる処罰である。
幕府内で田沼を陥れようとする動きがあったことは確かだ。『べらぼう』で描かれるように、一橋治済(生田斗真)が徳川家基(奥智哉)らの毒殺や源内への諜略を企てたという論拠はないが、彼が田沼失脚の黒幕だったのは確かだろう。
先頭に立ったのは、のちの老中・松平定信だと考えられる。定信はドラマ同様、自分の将軍就任を阻止したのは田沼であると深く恨んでおり、田沼を「刺し殺すべし」と書き残したと伝わる。
民衆から大歓迎された定信は、あまりに厳しすぎる政策ですぐに不人気となり、田沼時代を懐かしむ空気が生まれていくのは皮肉である。
早すぎた改革者・田沼意次
幕府内に反田沼派が多かった理由としては、貨幣ありきの政策によって、田沼が「拝金主義」に見えたとも考えられる。松平武元同様、「金に執着するのは恥」として、彼の政策を受け入れがたいと感じる幕臣は多かったのだ。
田沼の改革を受け入れるほど江戸は成熟していなかった。彼は登場するのが早すぎたのである。
それでも彼の政治のあり方は、人々に意識革命をもたらした。庶民の教育や生き方への関心が高まり、武士階級の不正を批判する風潮も生まれた。
このとき芽生えた変化は、やがて幕末の倒幕運動の起点となっていく。搾取される側だった庶民にそれとは意識しないままに種がまかれ、幕末から明治に向けて「人権意識」が芽生えていくのである。
同時代のフランス革命では民衆が人権意識を持つ「市民」となった。田沼時代の影響は、約100年後の幕末から「革命・明治維新」へと続く重要な流れを生んだのである。
主要参考文献
『謎解き! 江戸のススメ』竹内誠監修(NTT出版)
『蔦屋重三郎と江戸文化』伊藤賀一著(Gakken)
『江戸の災害史 徳川日本の経験に学ぶ』倉地克直著(中央公論新社)
『かわら版で読み解く 江戸の大事件』森田健司著(彩図社)
『世界大百科事典』(平凡社)
『日本大百科全書 ニッポニカ』『日本国語大辞典』『大辞泉』(小学館)
『日本人名大辞典』(講談社)
『国史大辞典』(吉川弘文館)
「企業実務Online」(日本実業出版社)https://www.kigyoujitsumu.jp/business/topics/4112/
など
■放送情報
大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
NHK総合にて、毎週日曜20:00〜放送/翌週土曜13:05〜再放送
NHK BSにて、毎週日曜18:00〜放送
NHK BSP4Kにて、毎週日曜12:15〜放送/毎週日曜18:00〜再放送
出演:横浜流星、小芝風花、渡辺謙、染谷将太、宮沢氷魚、片岡愛之助
語り:綾瀬はるか
脚本:森下佳子
音楽:ジョン・グラム
制作統括:藤並英樹
プロデューサー:石村将太、松田恭典
演出:大原拓、深川貴志
写真提供=NHK






















