『名探偵コナン 隻眼の残像』は悲喜こもごもな大人向けの傑作 “ネタバレなし”で魅力を熱弁

『名探偵コナン 隻眼の残像』は大人向け傑作

江戸川コナンと毛利蘭は“共犯者”に

 さて、そこで気になるコナンの立ち位置だが、本作では劇場版の中でも珍しいくらいコナンは主人公でありながら“脇”に徹している。もちろん彼自身はいつも通り犯人と対峙し、推理をするのだが、珍しいことに本作では序盤に一度犯人に“負けている”。目にわかりやすく痛みを追い、傷だらけの体で悔しがるコナン、そしてボロボロになったスケートボード。彼の最も強いアイテムの一つが、この序盤を最後にそれ以降登場しないことには非常に驚いた。そういったところからも、本作のコナンがいつもとは少し違う雰囲気を持っているのだ。

 普段から最強の彼は、劇場版になれば余計頭脳や身体能力において比類ない力を発揮する。それゆえに私たちは彼が全部どうにかしてくれるだろうと安心してシートにゆったり腰掛けているのだが、今回はそんな彼でもどうにもならないことが多く登場する。それが先述の小五郎が“大人”であり、コナンが“子供”としての作品であることに繋がっていくのだ。

 しかしそこで興味深かったのが、毛利蘭が今回“子供”として作品内で立ち回るコナンの“共犯者”として活躍する点だ。本来なら蘭も小五郎と一緒にコナンを叱る立場にいたが、今回はその小五郎が1人で前を突き進んでいる状態。娘としては、やはり心配だし放って置けないので、コナンとともに小五郎に近づこうとするのである。

 劇場版の蘭といえば、やはりピンチに巻き込まれて「新一……!!」「ラーーーーン!!」のやり取りがお決まりであるが、本作はクライマックスでも蘭とコナンが“助け合って”その場を切り開いていこうとする。救い、救われるだけじゃない、新しい2人の関係性が非常に魅力的で、改めて本作における蘭の重要性を実感する。特に予告編でも描かれている、犯人と戦闘するシーンは圧巻で、その際に勇気を出した小嶋元太と円谷光彦にもエールを贈りたい。いつも子供が殺人現場をウロウロする作品だからこそ、子供がちゃんと子供なりに怖い思いをするシーンは本当に大切な気がするのだ。

兎にも角にも長野県警、警察の大活躍!

 さて、とは言ってもやはり本作は兎にも角にも長野組。本作を機にぜひ、長野組の魅力に触れていただきたい。特にカッコよすぎる男、敢助と由衣の恋に注目だ。アニメでは言及のあった敢助の雪崩事故、そしてその間の由衣の結婚について車内で繰り広げられる会話は、正直『名探偵コナン』史上最も大人なやり取りの一つと言っても過言ではない。

 そして高明。彼は敢助の雪崩事故の際にも、犯人を追い詰めるため無茶な捜査をし、所轄に飛ばされたことがアニメでも言及されていたが、予想通り本作でも十分に無茶する。まさに九死に一生を得るシーンの緊迫感が凄まじく、その場に居合わせた敢助と由衣、それぞれの声優である富田裕司、小清水亜美の演技が素晴らしい。もちろん、高明役の速水奨も素晴らしく、ある重要なシーンで普段はあまり表に出さない高明の感情が伝わるような繊細な演技をされていた。

 そして今回、想像以上に“高佐”こと高木と佐藤も活躍する。彼らが警察としてのプライドを見せるとあるシーンは、漫画・アニメ本編で佐藤がかつて焦がれた松田陣平を殺した犯人を追い詰めた時のことを思い出させるもので、高木と佐藤が言うからこそ意味の深いセリフも登場する。そのため、本作はかなり警察寄りの内容で事件の発端にもそれが関わってくる。そして、そこに暗躍する公安。降谷零の部下である風見裕也も想像以上の活躍を見せてくれるので、必見だ。車内の中にあった夥しい数のコーヒーを見て、彼の苦労を窺い知る。その苦労メーカーでもある上司の降谷零の“恐ろしい”一面も本作で描かれていた。

 なお、本作にも割と多くの劇場版にはオリジナルキャラクターが登場するが、中でも東京地裁から派遣された捜査本部付きの検事・長谷部陸夫はなかなか興味深い登場人物だ。『100万ドルの五稜星』の福城聖や『黒鉄の魚影』のピンガなどを彷彿とさせる、情報が少ないのに人気になるポテンシャルのあるキャラクターに思える。

“成り代わり”と“喪失”がキーとなる

 最後に、あまり本作の核心に触れないよう筆を進めてきたがテーマについては軽く言及したい。本作のテーマは“喪失”だ。誰もが皆、大事な人を亡くしたり、失いそうになったりする。そのような場面で溢れる想い、それが人にどんな力を与えるのか。そんなことについて、本作は描いている。キーワードは“成り変わり”。実は過去の本編でも言及されていた、とある事案が本作の大きな軸となっていく。しかし、どれだけ何かに成り変わっても自分からは逃れられない。そんな自分にどう向き合うべきなのか、という問題も提起する本作。敢助と由衣の恋愛シーンにしろ、劇中に何度か我々に「じゃあ、あなただったらどうしていた!?」と投げかけられる質問。それに簡単に答えられないからこそ、本作の描くビタースイートな大人の物語が一層趣深いものに感じるのだ。

■公開情報
劇場版『名探偵コナン 隻眼の残像(せきがんのフラッシュバック)』
全国東宝系にて公開中
キャスト:高山みなみ、山崎和佳奈、小山力也、高田裕司、速水奨、小清水亜美ほか
原作:青山剛昌『名探偵コナン』(小学館『週刊少年サンデー』連載中)
監督:重原克也
脚本:櫻井武晴
音楽:菅野祐悟
アニメーション制作:トムス・エンタテインメント
製作:小学館/読売テレビ/日本テレビ/ShoPro/東宝/トムス・エンタテインメント
配給:東宝
©2025 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会
公式サイト:http://www.conan-movie.jp

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