『火星の女王』はSFドラマの偉業を打ち立てた スリ・リンの芝居を超えた笑顔に涙

ドラマ『火星の女王』(NHK総合)が12月27日に最終回を迎えた。全3回で構成された物語の完結回。視覚障害がある火星生まれのリリ(スリ・リン)を主人公に、その恋人で地球に暮らすアオト(菅田将暉)、リリの母親で火星を統治する組織ISDAの日本支局長タキマ(宮沢りえ)といった人物の思いを描きながら、筆者が全体を通して特に印象に残ったのがカワナベ(吉岡秀隆)の科学者としての執念、苦悩、孤独だった。
『火星の女王』は人類が火星移住を果たしている100年後の未来を描くSFエンターテインメント。火星と地球の人々の欲望と希望が交錯するストーリーの軸となるのが、突如現れた謎の物体だ。漆黒の球体で超重元素の物体は、莫大なエネルギー源として利用ができる代わりに、火星を爆発させるほどの危険性を孕んでいる。
本作のラスボスとも言えるISDAの最高責任者・ファン総長(サンディ・チャン)は、物体を使って火星をテラフォーミングすることが目的だった。地球帰還計画の裏には、火星に残った人々を焼き殺しても構わない、ファン総長の私利私欲のために“宇宙のノアの箱舟”を創造する恐ろしい計画が隠されていた。

第3回では、物体のさらなる秘密が明らかになる。それが、物体の通信機能。8800万km離れた火星と地球とでは、タイムラグが20分ある。通信機器モディを使ってのリリとアオトのメッセージのやり取りが、現代の地球では見られなくなった、ある種ロマンチックな恋愛を演出するポイントにもなっていた。しかし、リリの声が物体を起動させ、新たな力を呼び起こした。それが、火星と地球をつなぐワームホールが生じることで同時通信が可能となる。光の速度を超え、火星と地球を繋ぐ。
この物体の通信機能を使って、「目先の100人、1000人が犠牲になるのは仕方ない」というファン総長の策略は火星の住民へとリアルタイムで伝えられ、火星と地球、ISDAとコクーンの衝突、混乱は解消されていくこととなる。その“ショー”を演出したマディソン(デイェミ・オカンラウォン)や22年前の宇宙港事件で死亡したシュガー(ソウジ・アライ)の妹・ガレ(シム・ウンギョン)の告白、ISDAの裏切り者になってまで真実を追い求めたマル(菅原小春)と、様々な登場人物が躍動しながら、背景にあるのは“故郷”という視点だ。人類が火星に移り住んで40年。リリをはじめ、火星で生まれ育った世代が誕生しつつある段階。しかし、宇宙港事件を仕掛けた元凶でもあるファン総長の手によって、火星という故郷がないものにされようとしている。ガレの「40年で火星にも歴史ができました」「火星の未来に禍根は残したくない」というセリフは、コクーンの人々や家族との思い出が詰まった火星という故郷を思った言葉のように思う。

火星を離れ、地球に辿り着いたリリ=スリ・リンの芝居も感動的だった。ようやく会うことができたタキマの匂いや温もりに包まれ、笑顔が溢れ出す。演技上での盲目というハンデキャップに、台湾出身でありながら日本語を中心としたセリフ、さらにはギター演奏という彼女にとってはかなり難儀で、過酷な撮影期間だったことは容易に想像できるが、スリのいい意味で芝居とは思えない、自然な表情を見ることで、この作品の主人公に彼女が抜擢された意味を改めて痛感する。エンドロール前、アオトと一緒に初めて海に触れるシーンも忘れられない。そして、アオトがギターを弾き、リリが歌唱するラストを飾った場面からは、音楽が『火星の女王』を彩る大切な要素の一つにあったことが分かる。

第1回冒頭、第3回のエンドロール後のラストと、この作品の始まりと最後を飾ったのはカワナベだった。22年前に地球で謎の物体を発見するも、物体は忽然と消滅。火星にもあると考えひたすら探し続けていた。プロデューサーの中井暁彦は、公式サイトのブログにて、ストーリーの柱の一つとなっているのが「未知なるものへの向き合い」であり、それが科学者の日常であると綴っている。吉岡秀隆はインタビューの中で、カワナベの物体を探し続ける「執念と孤独感」に触れていたが、火星で再び物体を見つけた時の絶叫は、科学者が22年という孤独を超えた先にある執念が実った発見であり、喜びを表した魂の演技だったように感じる。
公式サイトに続々と公開されているブログを読んでいくと、2年以上前から進められていた『火星の女王』というプロジェクトの大きさに驚きを禁じ得ない。決して答え合わせのできない100年後の未来を想像し、創造するということもまた「未知なるものへの向き合い」だっただろう。日本の地上波で、ここまでのスケールのSFドラマを作ることができるという一つの偉業を打ち立てたのは確かだ。
参照
※ https://www.nhk.jp/g/ts/54KJPL1QGM/blog/bl/p987Er5pz4/bp/pAwW2NomgA/
■配信情報
放送100年特集ドラマ『火星の女王』
Prime Video、NHKオンデマンドにて配信中
※49分×6本に再編集したスペシャルエディションが、2026年度にNHK BS、BSP4K放送予定
出演:スリ・リン、菅田将暉、シム・ウンギョン、岸井ゆきの、菅原小春、宮沢氷魚、松尾スズキ、滝藤賢一、デイェミ・オカンラウォン、サンディ・チャン、宮沢りえ 吉岡秀隆 ほか
主題歌:「記憶と引力」君島大空、坂東祐大、yuma yamaguchi feat. ディスク・マイナーズ
原作:小川哲
脚本:吉田玲子
音楽:坂東祐大、yuma yamaguchi
制作統括:渡辺悟
プロデューサー:石川慎一郎、原英輔、大久保篤、服部竜馬
演出:西村武五郎、川上剛
写真提供=NHK






















