『アノーラ』『教皇選挙』などユニバーサルグループに勢い? 第97回アカデミー賞受賞予想

COVID、Wストライキ、そして山火事と、ハリウッドは受難続きだ。COVIDウイルスが蔓延した2020年から4年間で、興行形態も観客動向も大きく変わった。映画産業最大の祭典・アカデミー賞も年々変化を遂げている。今年の変化で最も大きいのは、アメリカでABCの放送とHuluのサイマル配信が初めて行われ、フランスでもディズニープラスで配信されることに。(※1)昨年はフランスの『落下の解剖学』が作品賞を含む5部門でノミネートされ、ジュスティーヌ・トリエとアルチュール・アラリが脚本賞を受賞した。今年はフランスのジャック・オディアール監督の『エミリア・ペレス』が作品賞を含む最多13部門ノミネート、コラリー・ファルジャ監督の『サブスタンス』が5部門ノミネートの快挙が続き、ABCを傘下に持つディズニーが自社ストリーミングサービスにブーストをかける狙いが見て取れる。日本でも、2007年から授賞式を独占放送してきたWOWOWに代わり、NHK-BSで生中継されるというサプライズ発表があったばかり。
第97回アカデミー賞ノミネーション発表 『エミリア・ペレス』が最多13ノミネート
第97回アカデミー賞のノミネーションが、1月23日夜(日本時間)に発表された。発表を務めたのは、『ウィキッド ふたりの魔女』で強…放送権が大きなニュースになることからわかるように、カンヌ、ヴェネチアのような映画祭とアカデミー賞には大きな違いがある。映画祭が連綿と連なる映画史におけるクリエイター(主に監督)の現在地と創作意義を問うのに対し、アカデミー賞は映画産業の繁栄を祝い、振興を願う場だ。前者は映画祭が任命した審査員が選ぶ賞であるのに対し、後者はAMPAS(映画芸術科学アカデミー)に名を連ねる約1万名のアメリカの映画産業を支える会員によって選ばれている。1927年にAMPASが発足した理由が映画業界の労使問題を議論する組合的な意味合いだったことも影響している。現在の19支部に加え、2026年の第98回からキャスティング部門が新しく設立される。
映画産業従事者が選ぶ賞だとすると、シーズン初めに行われるゴールデングローブ賞などの批評家賞より、ノミネーション発表後のギルド(組合)賞の結果が指標になってくる。そこで大事なのは、映画産業の未来をどう考えるかという視点。近年のアカデミー賞で転機となったのは、第92回(2020年)の『パラサイト 半地下の家族』。同作は史上初の非英語映画の作品賞となり、外国語作品の盛行を促した。第95回(2023年)の『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(以下、『エブエブ』)は、かつてスタジオが擁していたアート系作品部門を独立させたようなブティック・スタジオ(A24)の躍進、第96回(2024年)の『オッペンハイマー』は冷え込んだ映画館興行を活性化させた。
ところで、『エブエブ』のダニエルズはユニバーサル映画とファーストルック契約(優先交渉契約)を結び、クリストファー・ノーランは、20年一緒に映画を作ってきたワーナー・ブラザースと袂を分ち、『オッペンハイマー』よりユニバーサルと契約した。両契約の立役者はユニバーサル映画部門会長のドナ・ラングレー(※2)で、傘下スタジオの全権を握っている。今年の作品賞候補を見てみよう。北米と日本(海外)の配給会社が異なる場合が多く、『ANORA アノーラ』、『ブルータリスト』、『教皇選挙』(北米のみフォーカス・フィーチャーズ)、『ウィキッド ふたりの魔女』の4作品はユニバーサルが何らかの形で関わっている。『サブスタンス』も、昨年のカンヌ映画祭でのプレミア直前にユニバーサルからMUBIへと権利移譲が行われたという。(※3)全部門のノミネート数まで範囲を広げると、『ウィキッド ふたりの魔女』(10)、『ブルータリスト』(10)、『教皇選挙』(8)、『ANORA アノーラ』(6)、『ノスフェラトゥ』(5)、『野生の島のロズ』(3)の合計42ノミネートで、ユニバーサルグループが圧倒的な強さを見せる。『ANORA アノーラ』か『教皇選挙』が作品賞を獲ると、業界内でドナ・ラングレーの目利きが再び評価されることだろう。
そして、長編ドキュメンタリー賞、短編ドキュメンタリー賞、短編アニメーション賞にノミネートされている日本関連作品のうち、短編部門は勝機があると踏んでいる。昨年の『ゴジラ-1.0』『君たちはどう生きるか』に続き、日本勢の快挙となるかも注目だ。
第97回アカデミー賞受賞結果予想
★本命 ●対抗 ▲サプライズ
作品賞(米国配給/日本配給)
★『ANORA アノーラ』(NEON/ビターズ・エンド/ユニバーサル映画)
『ブルータリスト』(A24/パルコ=ユニバーサル)
●『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』(サーチライト・ピクチャーズ/ディズニー)
●『教皇選挙』(フォーカス・フィーチャーズ/キノフィルムズ)
『デューン 砂の惑星PART2』(ワーナー・ブラザース)
『エミリア・ペレス』(Netflix/ギャガ)
『アイム・スティル・ヒア』(Sony Pictures Classics/クロックワークス)
『ニッケル・ボーイズ』(Orion Pictures/Amazon MGM/Prime Video)
『サブスタンス』(MUBI/ギャガ)
『ウィキッド ふたりの魔女』(ユニバーサル/東宝東和)
PGA(全米製作者組合)、DGA(全米監督協会)、WGA(全米脚本家組合)をおさえたショーン・ベイカー監督の『ANORA アノーラ』が本命。SAG(全米映画俳優組合)賞こそ逃したものの、アワードキャンペーンを通じてキャストとクルーへの愛情は増すばかり。ゴールデングローブ賞のGlamBot(ハイスピードカメラで撮られたショートビデオ)は、『パラサイト』や『エブエブ』のようなバイブを持つ。
@goldenglobes It's a BIG night for the Anora cast and they are bringing the good vibes! #GoldenGlobes ♬ original sound - Golden Globe Awards - Golden Globes
1万人まで増えた投票会員の平均年齢が若返っていることも、ここ数年の作品賞の傾向と言える。米国作品、アメリカ人監督がカンヌ映画祭パルムドールを受賞したのは2011年の『ツリー・オブ・ライフ』(テレンス・マリック)以来で、近年距離が縮まりつつあるカンヌとオスカーのつながりを強固なものにする。
対抗はBAFTA(英国アカデミー賞)とSAGアンサンブルキャスト賞を受賞した『教皇選挙』。エドワード・バーガー監督が監督賞ノミネートを落としているが、『アルゴ』(2012年)の例もある。北米公開が年末のため批評家賞にあまり引っ掛からなかった『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』は、年明けからディズニーの猛撃キャンペーンが続き、“嫌われない作品”として本命に急浮上した。作品賞のみ導入されている選好投票(優先順位付投票)では、上位指名が多く、下位指名が少ない作品が有利となる。R指定映画の『ANORA アノーラ』の性描写がどこまで受け入れられるかが鍵だろう。ちなみにPGA、DGA、WGAを制覇しオスカー作品賞を逃した唯一の作品は『ブロークバック・マウンテン』(2005年)。































