“異世界転生アニメ”ブームと貧困は関係があるのか 専門家に聞く“日本経済とアニメの流行”

専門家に聞く「日本経済とアニメの流行」

リーマン・ショック、増税、コロナウイルス……不安定な時代のアニメシーン

ーー2010年代に入ると『魔法少女まどか☆マギカ』や『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』『進撃の巨人』などアニメの社会現象化が増加し、アニメ視聴への入り口がかなり拡大。そして、流行ジャンルが学園ものとは別ジャンルとして異世界転生ものが勃興しました。また経済的には、2008年に起きたリーマン・ショックの影響や、2014年と2019年の消費税増税がありました。

牧:格差はより広がり、貧困も大きな社会問題となっていますよね。貧困にも金銭的な問題もあれば、選択の機会の多寡、心理的なものなど様々です。異世界転生アニメの多くは、現実社会に疲弊した主人公が、転生した異次元で“チートスキル”を与えられ、その能力で様々な問題を余裕でクリアし、第2の人生を順風満帆に歩む姿を描いているのですが、これも「人生こんなに上手くいったらいいのになぁ」という視聴者たちの願望が反映されているという見方もできるでしょう。

ーーなるほど。

牧:これまでのアニメは「最初は弱い主人公が、数々の試練を乗り越えて強くなっていく」というストーリーが王道で、視聴者はその成長に心を掴まれてきました。異世界転生ものでも『Re:ゼロから始める異世界生活』など主人公が血反吐を吐いて頑張る作品もありますが、大半は過程(努力)よりも結果(勝利)を重視していることも特徴だと思います。ここも、現実社会で満たされていない人に受け入れられやすい要素かもしれません。

『Re:ゼロから始める異世界生活』第1期新編集版PV

ーー2000年代の学園アニメブームが学校生活への追体験を楽しむ、言ってしまえば「学校生活をやり直したい」という願望が反映されたものだと仮定するなら、異世界転生ブームは貧困などの問題により「人生そのものをやり直したい」という考えが蔓延しているということでしょうか?

牧:可能性としてあると思います。

『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

ーーそして2020年代は、新型コロナウイルスの世界的な流行から始まり、緊急事態宣言によるステイホーム期間とサブスクサービスの台頭で、アニメを楽しむ層がさらに広がり、アニメ視聴が“一般的な趣味”になった印象です。これを裏付けるかのように、2020年に公開された、『鬼滅の刃』TVシリーズ第1期の続編となる『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が国内だけで興行収入400億円を突破し、日本の映画歴代興行収入1位に輝きました。

牧:コロナウイルス発生の2020年が境かどうか定かではありませんが、2000年代頃と比べてみるとオタクが市民権を得るようになりましたね。「アニメを観る人=暗い人」のようなパブリックイメージは薄れ、特に若年層はオタク的な趣味にあまり否定的な感情を持っていないように思います。これは「推し活」という言葉が生まれたのも大きな要因です。

ーー「推し活」は2021年の流行語大賞にもノミネートされましたね。

牧:もともとオタクには、趣味にお金や時間を使いたいという性質があるので、ビジネスとしてもうまく利用できれば、経済を支えていく一つの存在になるのではないかというふうに見たんでしょうね。メディアがその経済効果を取り上げる中で、「好きなことに没頭する人=オタク」のイメージがポジティブなものに変わってきたのかと。その結果、「好きなものを好きと言える」社会に変わってきているのではないでしょうか。

【推しの子】ノンクレジットオープニング|YOASOBI「アイドル」

ーー従来のアニメ視聴層のみならず、ライトなアニメファンも取り込めたことで『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』『【推しの子】』などが大ヒットとなりました。その一方で、2025年現在、TVアニメでは引き続き異世界ものの比率が高いです。

牧:『ジャンプ』原作アニメは以前から人気がありましたが、異世界転生もののブームが続くのは、アニメに癒しを求めているユーザーの心理にマッチしているからと考えられます。異世界ものが多く放送されることを不満に思う人もいるでしょう。また異世界という都合の良い舞台設定を採用することで、オリジナリティが感じられないと批判する人もいるかもしれません。しかし、数多あるコンテンツの中で人々に評価される作品には、「選ばれる理由」があります。コロナ禍のイレギュラーな生活が終わっても、経済や世界情勢は不安定。こんな状況下だからこそ、いわゆる「俺TUEEE」系からほのぼの日常系まで、勝利や安定の約束された異世界での物語が視聴者の心に寄り添っているのかもしれません。

ーー不安定な情勢で物価も高騰し、庶民の生活はますます厳しいものに。そんな中で、サブスク普及によりアニメが低価格かつ手軽に楽しめる趣味となりました。使えるお金や選択肢が多い富裕層より、困窮層の方がアニメ視聴に繋がりやすい、ということはあるのでしょうか?

牧:アニメ視聴者に経済的な貧困層が多いとはもちろん断言はできません。しかし、社会への不満、所属する集団でのストレスなど、私たちは何かしらの不満が付きまといます。その中で、経済か人間関係かそのほかの物事か、何かが満たされない人の心の隙間をアニメが埋めてくれているという解釈もできるでしょう。でも、生きにくい世の中で、頭を空にしてアニメを楽しむというのは、多忙を極める現代人にとって貴重で贅沢な時間の使い方だと思います。

経済学的視点で、アニメの流行を予想する

ーーここまで歴史を振り返ってきましたが、経済学者である牧准教授は、2025年のアニメ業界の動向をどう予想していますか?

牧:経済としては、2025年は景気が回復していく気がしています。なので、先に申しました通り、「景気が良くなれば、挑戦的なアニメが出てくる」に当てはまる年になると思います。

ーーその理由をお聞きしたいです。

牧:大前提として、TVアニメもビジネスなので当然、最終的に売り上げに結びつかなくてはなりません。アニメ制作には大きなお金が必要になりますから、失敗はしたくない。視聴だけでなく、原作や関連グッズの購入、関連イベントへの参加など、“次の消費”に繋がる、ファンがお金を費やしたくなるコンテンツにする必要がある。だから、制作側は消費者のニーズを汲み取りながら、売れる企画を考えていると思います。そこで、景気が回復すれば消費に繋がりやすくなり、アニメ関連企業自体の売り上げが伸びれば「今売れているコンテンツでカバーできるから、ちょっと尖ったアニメを作りたいな」という流れになるかな、と。

『THE FIRST SLAM DUNK』©I.T.PLANNING,INC. ©2022 THE FIRST SLAM DUNK Film Partners

ーー挑戦的なアニメ以外は、どういった作品が増えそうでしょうか?

牧:近年、『らんま1/2』や『るろうに剣心』『SLAM DUNK』など名作のリメイクが続きますが、こういった「懐かし消費」に繋がる動きはより増加していくと思います。今のアニメファンだけでなく、昔その作品にハマっていた人々を再び取り込んで、消費者を増やすという狙いですね。また経済的な視点で見ると、ファンの数を増やすことはもちろん、いかに長く消費してもらえるかということも大事になってきます。リメイクものは、当時のファンとその子どもの現役アニメファン、親子2代でコンテンツの消費者にできる可能性がある。そしてファンが世代交代して若い層が醸成すると、より長い消費が見込めるわけです。

ーー今後はどのような作品がリメイクされていくと思いますか?

牧:60歳前後の方の「懐かし需要」に当てはまる作品ですかね。かつてのオタクのイメージ悪化の原因の一つ、80年代に起きた”宮﨑勤事件”こと「東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件」。事件の犯人がアニメや漫画を集めていたことから「オタク=犯罪者予備軍」という白い目で見られ、肩身の狭い思いをしていたオタクの方々が、そろそろ定年退職を迎えるくらいかと。時間ができて、やっと自由にのびのびと推し活ができるようになったその年代の方に向けたリメイクが増える可能性があります。また今後、高齢者オタクに向けた「オタク老人会」のようなイベントもトレンドになるかもしれません。

ーー最後に、牧准教授がヒットすると予測する2025年冬アニメを教えてください。

牧:『ギルドの受付嬢ですが、残業は嫌なのでボスをソロ討伐しようと思います』です。なんといっても、制作スタジオがクオリティの高さに定評あるCloverWorksさんですからね!

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