“異世界転生アニメ”ブームと貧困は関係があるのか 専門家に聞く“日本経済とアニメの流行”

「アニメは現代社会を映す鏡」と話す経済学者がいる。京都橘大学で経済学を教える牧和生准教授だ。それなら、近年“異世界転生”を題材にしたTVアニメが根強い人気を誇る理由や、 今後のアニメ業界の動きなども、経済的な視点で読み解けるのだろうか。『ラブひな』との出会いでアニメに開眼し、『アキハバラ電脳組』でアニソンに魅了され、『邪神ちゃんドロップキック』を愛する牧准教授に、「日本経済とアニメの関係」というテーマで話を聞いた。
アニメは、その時代にあった夢や希望を見せてくれる
ーーまず、日本初の本格的な連続TVアニメとされる1963年放送の『鉄腕アトム』を起点に、日本経済とTVアニメ史を各時代ごとに簡単に振り返っていきたいと思います。黎明期である1960年代はどのような時代だったのでしょうか?
牧和生(以下、牧):60年代は、戦後から脱却して高度成長期へと移り変わり、どんどん新しいものが生まれました。最初の東京オリンピックが開催されたり、日本初の高速道路が誕生したのもこの頃です。科学技術への期待や未来への希望などで溢れていた時代だと思います。当時のTVアニメは大衆娯楽的な側面が強く、これからの日本を担っていく子どもたちに夢や希望を与える役割もあったと思います。
ーー当時はどういった作品が人気でしたか?
牧:特にロボットや科学技術が題材になった作品が多くの人の心を掴んでいたようで、「こういう技術が実現したらいいなぁ」「こういう未来になったらいいなぁ」といった思いが、アニメの世界で展開されるわけです。そして70〜80年代前半に入ると『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』など、『鉄腕アトム』とは少し毛色の違う、空想科学やSFを取り入れ、かつメッセージ性の強いロボットものなどが登場します。

ーー70〜80年代前半だとほかには、後に方向転換しますが『ルパン三世』が初の大人向けアニメとして誕生。また映画ですが、スタジオジブリ設立のきっかけとなる宮﨑駿監督作『風の谷のナウシカ』が公開されました。『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』もそうですが、人間描写やロボット描写のリアル路線な作品が出てきて、アニメが子どもの娯楽から、幅広い層に向けたエンタメになり始めたのもこの時代という印象です。
牧:それは「TVアニメというフォーマットが成熟してきたから」という理由と、経済的な背景もあると思います。景気が良くなれば、アニメの中でも挑戦的な作品が出てくる傾向があるんですよ。
ーーその後、より経済が好調となる80年代後半、いわゆる“バブル期”が訪れます。個人的に、80年代前半に放送された『Dr.スランプ アラレちゃん』や『キャプテン翼』『北斗の拳』などに続き、『ドラゴンボール』『聖闘士星矢』『シティーハンター』などの『週刊少年ジャンプ』(集英社)原作アニメがどんどん増加。人気漫画をアニメ化することで、本誌の発行部数も伸ばしていったイメージが強いです。
牧:80年代後半は、それら『ジャンプ』アニメをはじめいろいろな作品が生まれたのですが、60年代に誕生したアニメの深夜放送が本格化し、今の“深夜アニメ”の走りになったのもこの頃かと。『ハートカクテル』や、アダルトOVA『くりいむレモン』から派生した『レモンエンジェル』などが源流ですね。
ーーほかにも、外食文化が根付いたことでグルメブームが起き、同時に漫画『美味しんぼ』が大ヒットしてアニメ化。今なお続くグルメ系アニメもこの時代に生まれたものですよね。
牧:そうですね。『美味しんぼ』は今観ると作中でのお金の使い方が現代とまったく違い、その贅沢っぷりから当時の景気の良さがよくわかります。
ーーそしてバブル経済は崩壊し、“失われた30年”とも言われる景気低迷のはじまり、90年代に突入します。この時代を代表するアニメといえば、社会現象となり、後に大きな影響を与えた『新世紀エヴァンゲリオン』や『ポケットモンスター』でしょうか?
牧:ほかにも『美少女戦士セーラームーン』から『カウボーイビバップ』まで、90年代はとにかくTVアニメが多様化した時代ですね。また、『新世紀エヴァンゲリオン』や『ポケットモンスター』もそうですが、アニメのゲーム化やゲームのアニメ化など、マルチメディアミックスがより盛んになり、現在のアニメビジネスやキャラクタービジネスのあり方に直接繋がるよう変化し始めたように思います。
ーーラジオや雑誌、TVなどへの露出が増えたことによる声優のマルチタレント化、いわゆる“第三次声優ブーム”も90年代ですね。
牧:そうです。アニメ関連のグッズやイベントもどんどん展開されていき、よりファンがお金を使う幅が増えました。景気は悪いかもしれないけど、むしろ景気が悪いからこそ試行錯誤して、アニメでお金を稼ぐ仕組み、アニメで経済を動かせるような枠組みが発展していったのかな、と。
ーー続く2000年代は『涼宮ハルヒの憂鬱』や『〈物語〉シリーズ〉』などが話題となりました。また、〈日常系〉が台頭し始めたほか、学園ハーレムアニメが人気だった覚えがあります。
牧:この頃はTVアニメ業界において、複数のスポンサー企業が資金調達と役割分担を行う「製作委員会方式」が機能し始め、制作本数が大幅に増えました。数が増えると、1作品あたりにかけられる時間が減ってしまいます。SFなどは細かい設定や考証が必要で手間暇がかかるので、舞台装置を現実世界とリンクさせることで効率的に制作できる学園ものや日常ものが増えていった、という背景があるんです。
ーーなるほど。
牧:また、学生時代に、校内一の美少女に告白されたり、仲間たちと一生の記憶に残る大冒険を繰り広げたり、“完璧な学校生活”を過ごせたと胸を張れる方はあまりいないのではないでしょうか。そこで、キャラクターたちが視聴者の代わりに理想的な学校生活を送って、その様子に自分を重ねて追体験させる、という楽しみ方を提供したのが、学園アニメが人気を博した要因の一つだと思います。それに、90年代から引き続き景気は良くなかった時代です。心に余裕がない時は、重厚な物語を観るのがなかなかしんどいわけで。だからご時世的にも、気楽に楽しめる、夢を見せてくれる学園ものや日常ものが受け入れられたんでしょう。
ーーこの時代になるとインターネットがだいぶ普及し、YouTubeやニコニコ動画などの動画サイト、そしてSNSも続々と誕生していきます。そういったネットの発展がアニメに与えた影響はいかがでしょうか?
牧:影響はあったでしょうが、この時点で、ネットの普及によってアニメの作風が変わったとは言えないと思います。それよりも、個人がホームページを作ってアニメの感想を投稿したり、オフ会が開催されたり、ファンとファンが新しい形で繋がれる時代となり製作者/消費者の垣根が崩れたことによる影響が、後に意味を持ち始めることになったと言えると思います。
ーーネットから始まったファン活動で言えば、2005年に「『魔法先生ネギま!』の主題歌『ハッピー☆マテリアル』をオリコン1位にしよう!」といった購買運動もありましたね。
牧:今でこそ、アニソンがヒットチャートに入るのは当たり前になっていますが、この頃はアニソンが音楽番組などのランキング上位に入っても紹介が短かったり、場合によっては“ランクインしていない”ことにされていたり、風当たりが強かったんです。こういった事情を背景に、ネットで団結したファンたちの購買運動が生まれたわけですね。
ーーほかにもネット発だと、2ちゃんねる(当時)のスレッドから書籍化や映像化まで発展した『電車男』がブームに。この頃からオタクカルチャーのメディア露出が増えていった印象です。
牧:2005年頃から電気街だった秋葉原が“オタクの聖地”と言われるようになりました。再開発も行われ、ライトなオタク層が秋葉原の街に入りやすくなった時代です。外国人もどんどん訪れて、徐々に「日本=アニメ」というイメージが海外に浸透していきます。