松たか子が体現した“侘び寂び”の美しさ 『スロウトレイン』が照らした新年の幕開け

『スロウトレイン』が照らした新年の幕開け

“ドラマ”が人生のレールのズレを調整する保線員に

 『スロウトレイン』が作られたきっかけは、ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)、『重版出来』(TBS系)などを手掛けてきた土井裕泰監督の「定年前にスペシャルドラマが作りたい」という思いだったという。「卒業制作」とも言える本作を「喜んで」と二つ返事で受け入れたのが、上記の作品を含む4作品ほど土井とタッグを組んできた脚本家・野木亜紀子だった。

 物語の中心は、葉子、都子、潮の3姉弟による家族の分岐点だが、それと並行して描かれた葉子と担当作家・二階堂(リリー・フランキー)のやりとりもこの作品のスパイスとしていい味を出している。作家人生の引き際を見据えていた二階堂と、そんな彼の作品を手掛けてきた担当編集の葉子。いっしょに作品を手掛けていくという意味では、どこか土井と野木の関係性にも通じるようにも見えた。

 「駄作で人生を畳みたくないんだよ俺は」「大事なのは畳み方。広げたら畳まないといけない」と、新作をなかなか書こうとしない二階堂。「あれは傑作だろ?」と前作を超える自信がなかなかでない。そんな二階堂に葉子は「(前作は)佳作です。素晴らしいけど傑作ではない」と言い放ち、「新たな一歩のために、手馴らしのつもりで掌編を」と発破をかける。

 そんな葉子の言葉に二階堂が「簡単に言うなよ……」と答える関係性にもまたフフッとさせられた。大ヒット作品を生み出した彼らの間にも、次の企画をスタートさせる前にもしかしたらこんな会話があったのだろうか、なんて想像が掻き立てられるようだった。

 前作を超えようと力むほど足がすくむ。それはあくまで結果であり、できるのは愚直に自分のいいと思うものを粛々と創り続けること。そんなふうにして彼らが映像作品と向き合ってきた結果、今回のオリジナルドラマにたどり着いた……。そんなふうにも見えてくる。

 若い才能は次々と生まれ、自分たちの作品はどんどん過去のものになる。それもまた、ひとつの寂しさではあり、嬉しいことでもある。葉子のように現状を維持するように淡々と受け入れていくもよし。都子や潮のように新しい世界を切り開いていくもよし。二階堂のように、最高の卒業を見据えてコツコツと積み重ねていくもよし。

 移りゆく時の流れを受け入れつつ、自分なりに人生を楽しんでいくこと。そのためには時折レールが、自分の意図とはズレてしまっていないかをチェックする必要がある。それは世間の「定型」とのズレではなく、自然に時を重ねていく自分自身を愛しく受け止める心の調整だ。そんな保線員のようなドラマをお正月に観ることができたのは、新年の一歩としてとても清々しい気分だ。

■配信情報
新春スペシャルドラマ『スロウトレイン』
TVer、U-NEXTにて配信中
出演:松たか子、多部未華子、松坂桃李、星野源、チュ・ジョンヒョク、松本穂香、池谷のぶえ、倉悠貴、古舘寛治、宇野祥平、飯塚悟志(東京03)、菅原大吉、中村優子、毎田暖乃、リリー・フランキー、井浦新
脚本:野木亜紀子
プロデューサー:小牧桜
スーパーバイジングプロデューサー:那須田淳
協力プロデューサー:韓哲、益田千愛
演出:土井裕泰
©TBS
公式サイト:http://www.tbs.co.jp/slowtrain/
公式X(旧Twitter):@SlowTrain_TBS
公式Instagram:@SlowTrain_TBS

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「リキャップ」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる