『宙わたる教室』になぜ誰もが夢中になったのか 再び会いたい科学部のメンバーたち

『宙わたる教室』になぜ夢中になったのか

 もう火曜日が来ても、藤竹(窪田正孝)や岳人(小林虎之介)に会うことはない。その当たり前の事実が、途方もなく寂しい。3カ月前までは知りもしなかった架空の人物が、今では一緒に机を並べた級友みたいだ。今頃、佳純(伊東蒼)やアンジェラ(ガウ)や長嶺(イッセー尾形)は何をしているんだろう、とあてどなく考える。

 先週、大団円を迎えた『宙わたる教室』(NHK総合)。今や名作の宝庫と呼ぶにふさわしいNHKドラマの中でも、とりわけ多くの人に愛され、心を動かした作品であったように思う。なぜ私たちは東新宿高校定時制科学部の挑戦にこんなにも夢中になったのか。『宙わたる教室』が描いたものについて、じっくり考えてみたい。

藤竹と出会って岳人は何が変わったのか

 人は変われるのか。『宙わたる教室』は、そんな可能性を描いたドラマだった。テーマの体現者となったのが、藤竹に導かれて集まった4人の科学部の生徒たち。年齢も境遇も違う。科学に対する関心や知識もバラバラ。“はぐれ惑星”のような寄せ集めの4人が、「教室に火星をつくる」という夢物語に挑む。その中で変わっていく生徒たちの顔つきに、何度も胸が熱くなった。

 中でも大きな変化を遂げたのが、岳人だった。高い知性と学習意欲を持ちながら、ディスレクシアという学習障害に気づくことなく成人し、自分は“不良品”なんだと思い込んでいた岳人が、藤竹と出会い、学ぶ喜びを知っていく。授業そっちのけで実験にのめり込み、重力可変装置の製作に没頭する岳人の姿には、好きなものに出会える尊さがつまっていた。

 だが、そんな岳人の変化を受け入れられない者がいた。悪友の孔太(仲野温)だ。置いてきぼりにされたような疎外感を覚えた孔太は、岳人を取り戻そうと科学部の邪魔をする。

 「何で変わっちまうんだよ」。そう胸ぐらを掴む孔太に、岳人は言う。「変わってねえよ。何も変わってなんかねえ」。あのとき、何に対して岳人は「変わってねえよ」と言ったのか。はた目から見ても別人のように変わった自分の何に岳人は「変わってねえよ」と感じたのか。

 たぶんそれは、他者への敵意だ。孔太らの手によって、重力可変装置が破壊されたとき、長嶺から「まだそういう連中と切れてなかったのかね」と責められた。アンジェラの不注意で発射装置が壊れたときも、アンジェラを責める態度を長嶺に咎められた。そのたびに、岳人はキレた。俺が悪いのかと。俺のせいなのかと。

 ずっと他者からバカにされ、認められない悔しさを味わってきた岳人は、他人からのネガティブな感情に人一倍敏感だ。自分の心を守るために、ついハリネズミのように相手を攻撃してしまう。そんな自分の暴力性と未熟さに対し、「変わってねえよ」と言ったのではないだろうか。昔の自分と、あるいは大切なものを守りたいだけなのに、つい傷つける方法ばかりとってしまう孔太と、何も変わっていないと。

 そんな岳人の本当の意味での変化が描かれたのが、最終話だった。口頭発表の最終盤、石神(高島礼子)からの質問に対し、「今すごくみなさんと話したいです」と答えた。あれこそが、岳人が他者を受け入れた瞬間だった。世界に向けて自分の扉を開けた瞬間だった。

 もともと岳人が定時制に通おうと思ったきっかけは、車の運転免許を取得するためだった。そして、運転免許がほしかったのは、人と関わらないですむ仕事をするためだった。誰とも関わらずに生きていきたい。世界のすべてを敵のように見なしていた岳人が、知らないたくさんの人たちと話がしたいと願った。あなたの考えを聞きたいと請うた。

 肩で風を切り、舌打ちばかりしていた岳人がいちばん変わったのは、字を読めるようになったことでも、知識が増えたことでもない。人を好きになったことだ。

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