『宙わたる教室』涙なしには観られない第9話 窪田正孝の言葉が巡り巡って彼自身を救う
『宙わたる教室』(NHK総合)第9話は、藤竹(窪田正孝)の恩師・伊之瀬(長谷川初範)の「実験は想定外の結果が出てからが本番だよ」という言葉がとりわけ心に刺さった。一つとして同じものがない人生を壮大な実験と捉えたら、失敗なんてありえない。想定外の結果が出たとしても、それはいつか何かの糧となる。藤竹の瞳に恐竜少年だった頃と変わらない輝きが戻った瞬間、こちらまで背中を押された気がした。
孔太(仲野温)による実験装置の破壊が岳人(小林虎之介)と他の部員たちとの衝突を招き、空中分解してしまった科学部。誰も部活に来なくなり、たった1人となった岳人はようやく描けるようになった夢を諦めようとしていた。そんな岳人を藤竹が強く引き留めることができなかったのは、過去の苦い経験があるから。そこには、第1話のラストで窓ガラスに映った青年・金井(佐久本宝)が深く関係している。
藤竹が名京大学を去ったのは、権威的なアカデミーの体質に対する反発だ。同大学の助教授だった頃、石神教授(高島礼子)の下で惑星探査機に搭載される中間赤外カメラの開発に携わっていた藤竹は、高専の卒業研究でチームに加わった金井と出会った。誰よりも研究室にこもり、チームに貢献した金井。だが、石神は「高専生の名前を入れると論文の格が下がる」という理由で彼の名前を論文に載せなかった。
自分が関わった成果物に名前が載るというのは何にも代えがたい経験だ。特に道の入り口に立ったばかりの人間にとっては、その先に進むための原動力となる。金井も名京大に編入し、いずれは研究者として惑星探査に関わることを夢見ていた。石神は“格”という曖昧なぼんやりとした判断基準をもってその可能性を握り潰したのだ。
「科学の前ではみんな平等のはずですよ」という藤竹の言葉は、権威的な考えに染まってしまった石神には届かない。大学を辞めた理由について木内(田中哲司)に「そこに残ることは彼らの考えを肯定することになるから」と語った藤竹だが、石神のように現実を思い知って、科学そのものを嫌いになることへの恐れもあったのではないだろうか。
そんな藤竹がアメリカに渡った先で見たのは、研究者たちがまだ何者でもない若者を“同僚”と呼び、対等な関係で研究に没頭する日本とは真逆の光景。これを日本でも再現できたら、もう一度、この国で科学の世界を信じられる。それこそが、藤竹がこの定時制高校でやってきた“実験”の動機だった。藤竹が以前、岳人に言った「ここは、諦めたものを取り戻す場所ですよ」という台詞が思い起こされる。生徒たちだけじゃなく、藤竹にとってもそれは同じで、あれは自分に言い聞かせている言葉でもあったのだ。
だが、自分が希望を取り戻したい一心で部員たちを実験対象にし、焚きつけるだけ焚き付けて失望を味わわせてしまったことを藤竹はみんなに謝罪する。じゃあ、やっぱり最初から期待を持たせなかったほうが良かったのかと言われたら、そうじゃない。だって、あんなにも生き生きと実験に励んでいたみんなの日々がなかったほうが良かったなんて思えないから。ただ一つ、藤竹が科学者として誤った点があるとするならば、それは勝手にこの実験を失敗と決めつけてしまったことだろう。
孔太に殴られる代わりに、今後一切科学部には手を出さないという約束を取り付けてきた岳人をはじめ、誰もまだ諦めていなかった。彼らを再び部室に向かわせたのは、藤竹がこれまでかけてきた言葉の数々だ。それらは一度科学の世界に絶望し、研究者としての道を外れた藤竹から放たれてきたもの。世間的に、研究者として“失敗”した人間と思われてきたかもしれない。だけど、そんな藤竹の中で生まれた言葉が生徒たちの心を救い、巡り巡ってそれが今度は藤竹自身を救う。