亀山千広Pが明かす、『踊る』シリーズへの“責任” 『室井慎次』に込めた“終わり”の在り方
柳葉敏郎が演じていなかったら室井慎次はずっと悪役
ーー『踊る』は警察組織の話ですが、やはり会社組織に所属している亀山さんが『踊る』を作っていく上で、組織のリアリティを持ち込んだという側面があったのでしょうか?
亀山:ありました。「室井は亀山さんだ」と本広監督は言ってましたから。本当は現場でやっていた頃は僕も青島だったはずなんですけど。会社から恋愛ドラマを作れと指示があっても、『ビーチボーイズ』(フジテレビ系)みたいなドラマを作って(笑)。恋愛要素がないと怒られても舌を出して、結果として「そっちの方が受けてるじゃん」と思っていた。『踊る』も本広監督が好き勝手やるから、どんどんセットが大きくなって、面白いから僕も乗っかるけど、予算がオーバーして。当時のボスにも怒られてよく揉めていました。室井ほど孤高ではなかったですけど、管理側という意識はありました。
ーー『踊る』の中では室井さんが一番変わりますよね。初めは警察官僚の管理官として湾岸署を締め付けてくる立場だったはずなのに、本庁と所轄の間に挟まれて苦しむつらい立場の人になっていく。
亀山:青島に近づいていったがために、室井の出世は阻まれたと僕らは思ってます。だけど青島と出会ったことで室井に人の血が通った、やっぱり柳葉敏郎の持っている役者としての情が室井に乗り移るから、こうなったのだと思います。
ーー冷たい悪役だったはずの室井さんが、一番人間味のある人になっていくのが面白いんですよね。
亀山:それが本当に柳葉敏郎の成せる技だと思います。柳葉さんが演じていなかったら、室井はずっと悪役でした。
ーー映画では、室井さんが亡くなる瞬間は見せていませんね。
亀山:本広監督がやる気になった瞬間から、「死んだ姿は描きたくない。白いホワイトアウトの中に消えていく姿を描こう」と決めてました。そこから、亡くなったことを、どのように表現しようかと話し合い、黒澤明監督の映画『生きる』のように、個人を偲ぶ姿を美しい形で見せようと思いました。それで最後は「やっぱり無線だな」ということになって、谷口悟朗さんの登場になってくるんですよ。
ーー谷口悟朗さんって、アニメの谷口監督なんですか?
亀山:『ONE PIECE FILM RED』監督の谷口さんです。梶本プロデューサーは『ONE PIECE』のプロデューサーなので、本広監督が無茶振りで「谷口さんを口説けないんですか?」と(笑)。
ーーエンドクレジットを見て気になってはいたのですが、同姓同名の方だとずっと思ってました(笑)。音響演出として依頼したということですか?
亀山:そうです。本広監督とは横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)の先輩後輩だったそうで。監督と一緒に声優さんを集めて、無線の声だけで何パターンも収録して音を重ねていった。台詞も谷口さんが書いてます。
ーーアニメのエッセンスを持ち込むのは、本広監督ならではですね。
亀山:まさか谷口さんがOKしてくれるとは思わなかったんですけど、「先輩に言われたら断れません」と(笑)。
作り手たちと観客が一緒に歳を取ったからこそ生まれたもの
ーー黒澤明監督の『生きる』の話が出ましたが、『踊る』シリーズには、黒澤オマージュがたくさん入っていますね。『踊る大捜査線 THE MOVIE』(以下、『踊る1』)では『天国と地獄』の引用があって、当時、映画館で観た時は遊び心というか軽いオマージュだと思っていたんですが、結果的に日本映画の伝統を引き受けてるように見えるのが面白くて。特に今回の『室井慎次』は、クラシカルな日本映画になっていたと思うんです。
亀山:室井の机の上に『黒澤明全集』と犬の名前の由来となった政治家・後藤新平の全集があるのですが、実はあの『黒澤明全集』は僕の親父の形見でして。『踊る1』で青島が「『天国と地獄』だ」と言っています。あの事件の影響で室井は初めて黒澤明を観て、そこからハマって、ああいう人なのでシナリオも読みたくなって、あの全集を買ったのではないかという隠れストーリーが僕の中にはあって。あの全集の上に1冊だけ、まだ読みかけのものがあって、それが第6巻の『生きる』なんですよね。実はそういう細かいこともやっていました。
ーードラマシリーズの『踊る』は、庵野秀明監督『新世紀エヴァンゲリオン』を筆頭に、アニメ、洋画、海外ドラマといった当時の前先端の表現が引用されていました。その一方で、『踊る1』では『天国と地獄』の引用が入っているのが、当時は不思議でした。
亀山:『踊る1』の『天国と地獄』は誘拐事件をテレビシリーズの中で1回もやってなかったので「やっぱり映画でやるんだったら誘拐だよね。誘拐映画の金字塔と言ったら、エド・マクベインの小説『キングの身代金』(ハヤカワ・ミステリ文庫)を映画化した『天国と地獄』だよね。じゃあ、オマージュやりたいね」と。美術の大親分が大の黒澤明ファンで、和久さん(いかりや長介)が捕まっているゴミ焼却場も『用心棒』に出て来る部屋を意識してデザインしていました。ゴミ焼却場に使われた小屋は黒澤明さんも荷物を置いていた場所でして、メイキングサイドのオマージュは、実はたくさんあるんですよ。
ーー『踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ』では『野良犬』のオマージュ、『踊る FINAL』では『わが青春に悔なし』のBlu-ray Discが登場しますね。
亀山:『踊る2』では『砂の器』(監督:野村芳太郎)なんですけど。ですので、かつての日本映画をオマージュしているという感じですね。
ーーあのオマージュが今観ると響きます。当時はよくわからなかったのですが、今の視点で観ると『踊る』シリーズの世界を長い歴史の中で骨太にしてる感じがして。逆に『踊る』を観て、『天国と地獄』や『砂の器』を知ったという人も多かったと思います。
亀山:そう言っていただけるとありがたいです。
ーー昔はライトなエンタメ作品として楽しんでいたのですが、シリーズ化したことで、作り手の人生がそのまま乗っかり、すごく太い幹になったと思うんですよね。
亀山:作ってる人間たちが27年変わってないんですよね。ハリウッド映画だったらIPを渡して次の若い世代が作り手になって、どんどん面白くしていくのですが。良いか悪いかは自分では判断することができないけれど、やっぱり本広、君塚、亀山の3人でやっていると、この3人の成長や考えていることが自然と入り込んでくるので。3人の共通項として昔の日本映画が好きだというのが入り込んできますから、それが結果的に骨太に見えてしまう。でも、次の世代にIPを譲っていれば、別の作品がオマージュされると思うので、太くなるのではなく、もっと広い世界観に変わっていくのかもしれない。だから太い世界観になったと言われると嬉しいのですが「『踊る』を狭めていないか?」とも思います。
ーー今回の『室井慎次』は、降旗康男監督『夜叉』や『鉄道員(ぽっぽや)』といった高倉健さんの映画も思い出しました。
亀山:僕は降旗康男さんに師事して、下にいた時期が少しあり、親交もありました。本広監督の映画の作り方は、降旗さんに似てるんですよ。降旗さんはストーリーというよりも、人を操るのがすごく好きな方で、たくさんの人がうごめくヤクザものが大好きでした。本広監督も、群衆を描くのが非常にうまい。2人の作家性が似ていることもあり、おっしゃるとおり『夜叉』や『鉄道員(ぽっぽや)』のイメージは自然とありました
ーー雪の中に柳葉さんというか室井さんが立ってるだけで、泣けてくるんですよね
亀山:「健さんみたいに」と柳葉さんに伝えたら、「いや、無理だよ」と言われて。「『なれ』ではなく『イメージして』」と言ったら、「それも言うな」と(笑)。
ーー柳葉さんらしいですね。『北の国から』(フジテレビ系)や『渡る世間は鬼ばかり』(TBS系)のような現代を舞台にしたドラマは、役者が年齢を重ねて、視聴者と同じ時間を生きている面白さがありました。『踊る』も、そういった時間の流れを感じさせる作品になるとは思っていなかったです。作り手とファンがいっしょに年を重ねることで、とても不思議な現象が起きてくる。
亀山:今の視点で過去作を観ると、これは90年代の話。これは2000年代の話、これは2010年の話だとわかるんですよね。一番大きかったのは、このお台場が27年でどれだけ変わっていったかを、僕らが毎日見ていること。お台場にフジテレビが移転して、そこに湾岸署があるという設定を作ったことで、街の進化と同時に犯罪の進化を描けるようになったので、題材には恵まれていたと思います。ただ、だからこそ全員をちゃんと年を取らせなきゃいけなくなったんですよね。
人はどんな形で年を取ればいいのか?
ーー『室井慎次』は『踊る』シリーズの作品として観ると一番の異色作になったと思います。
亀山:『踊る』では回想を出していなかったのですが、今回は回想シーンを多用しています。『踊る』は“事件”を描く作品なので、回想もなく、前に前に時間が進んでいく手法にしました。『室井慎次』は時制を行き来しながら描いているので、全く作劇方法が違うと思います。物語のトーンも違いまして、『踊る』はコメディとシリアス、コメディとシリアスで緩急を繋いでレイヤーにしていき、それを転がしてストーリーにしていく……という脚本でした。だから非常に読みやすくて、笑わせながらそこに帰結するのか!という流れを作ってきたのですが、『室井慎次』の脚本は「……」が多くて文学的。コメディの要素も今回はかなり減らしたのですが、そうすると本広監督は手足がもがれるようだったみたいで……。
ーー本広さんと君塚さんの戦いにも見えますね。
亀山:これまでの『踊る』は、本広監督からのリクエストに君塚さんが挑戦して、より面白くしていく流れだったんです。今回は「直しても構わないから、これでやってほしい」と君塚さんが書いて、監督が悩みながらそれに取り組む逆の形だったんです。
ーー最後の質問です。一番聞きたいと思ったのが、「人はどんな形で年を取ればいいのか?」ということです。今の日本人は、60代でも80代でも若いと思うのですが、逆にどうやって年をとればいいのかわからなくなってるような気がしていて。
亀山:難しい質問ですね。『室井慎次』に込めた思いも含めて答えるとすると、「肩書き」に縛られなくなることがいい年の取り方になるのではないかなと。今回の映画で、室井が児童相談所で子供たちを引き取りたいと申し出たときに、「お仕事は?」と聞かれて「無職です」と自信を持って言います。年をとって、会社など組織に属さなくなった多くの方が、自分という人間を伝えるために、「元〇〇でした」と肩書きを使うと思うんです。その方が相手にも自分がどんな人間なのか伝えやすいですから。室井が、「元警察」とは言わずに、はっきりと「無職」と宣言できるのも、思い残しはあるにせよ警察を辞めるまでやりきったという自負があるからだと思うんです。ありのままの自分であることを相手に伝えることができるようになることが、いい年の取り方なのかなと思います。
■公開情報
『室井慎次 敗れざる者』
公開中
『室井慎次 生き続ける者』
公開中
出演:柳葉敏郎、齋藤潤、前山くうが・前山こうが、松下洸平、矢本悠馬、生駒里奈、丹生明里(日向坂46)、松本岳、佐々木希、筧利夫、甲本雅裕、遠山俊也、西村直人、赤ペン瀧川、升毅、真矢ミキ、飯島直子、小沢仁志、木場勝己、加藤浩次、稲森いずみ、いしだあゆみ
プロデュース:亀山千広
脚本:君塚良一
監督:本広克行
音楽:武部聡志
配給:東宝
©フジテレビジョン
公式サイト:https://odoru.com/
公式X(旧Twitter):https://twitter.com/odoru_movief
公式Instagram:https://www.instagram.com/odoru_project