『3000万』は“夢”を巡るドラマだった 決して他人事ではないすぐそばに広がる闇
ドラマ『3000万』(NHK総合)の最終話は、信号が2度赤から青になるまで逡巡していた主人公・祐子(安達祐実)が、一度だけ大きく息を吐いて、Uターンし、元来た道を戻っていく姿を映して終わった。
第1話で「めっちゃ急いでる時に、車一台も通ってないのに、青信号になるまで歩道渡るの待ちます?」「結局、バレなきゃいいんですよ」と祐子の同僚・舞(工藤遥)が言っていたことを思い出す。
最終話で「息子のため」と自首するか否かでブレ続ける祐子の本心を見透かしたように、悦子(清水美沙)が言った「あなた罪を償う気ないでしょ、バレなきゃ逃げ切れると思ってる」という言葉の通り、「バレなきゃいい」と突き進んでしまったのが彼女の過ちだったのだろう。だから、前述した最終話終盤の彼女の行動は、「バレなきゃいい」の否定だと思った。前に進むのではなく、元来た道に戻ってもう一度やり直すこと。その時の祐子の吐く息に、犯罪組織の黒幕・穂波悦子の家に乗り込む直前の彼女の深呼吸が重なり、もっと言えば第1話でコールセンターの業務中、面倒な顧客に当たり、「平常心を保つ」ための「謎呼吸」をする祐子に行き着いた。
「いつも我慢して、縮こまってイライラして、そういう生活から解放されたいって、勝てなかった。3000万の誘惑に」と言った彼女の日常の中には、同僚の舞と取り留めのない愚痴を言い合う「悪くない」時間もあったはずだ。そんな日常を自ら断ち切るしかなかった第5話(金の受け渡し場所で舞と偶然会う場面)の祐子の思いを想像する。圧倒的な速度で駆け抜けたクライムサスペンス『3000万』は、そんな身に沁みるほどの共感とともにあった。
土曜ドラマ『3000万』は、2022年にNHKが立ち上げた“脚本開発チーム「WDRプロジェクト」から生まれたドラマだ。原案を書いた弥重早希子を中心に、WDRプロジェクトメンバーから名嘉友美、山口智之、松井周という4人の脚本家が集められ、チームで執筆するという画期的な方法で手掛けられた本作。佐々木夫婦を演じる安達祐実、青木崇高の良さはもちろん、ソラを演じる森田想、刑事・野崎を演じる愛希れいか、犯罪組織の指示役・坂本を演じた木原勝利の好演が光り、野添義弘や栗原英雄の安定感も素晴らしく、発見の多いドラマだった。
息子・純一(味元耀大)が持って帰ってきてしまった3000万円が入ったバッグを警察に届けそびれてしまった佐々木夫婦が犯罪に巻き込まれ、やがて自ら犯罪に加担してしまう様子を描いた本作。本作の面白さは、「闇バイト」という現代の闇の全貌を具体的に描きつつ、その闇に取り込まれていく人々の心に迫ったことだ。
「気づいたら泥船に乗っていて、必死で漕いでいる」登場人物たちは、決して特別な人間じゃない。私たち視聴者と同じような悩みや葛藤を持って、日々を生きている人たち。祐子の、ソラ(森田想)の逃亡の手助けに必要なものを揃えるという非常事態にもかかわらず、店舗のポイントカードにポイントをつけようとする滑稽さや、「自分へのご褒美」に何を選ぶかといったスーパーでのエピソードの数々を通して、視聴者は親近感を覚えずにはいられなかったはずだ。犯罪組織の指示役・坂本も、アンガーマネジメントのリモートカウンセリングを受けている背中から始まった第4話以降、冷酷無比な悪人の印象から、不器用な人間性が見え隠れする。結局ソラと祐子を裏切ってしまう最終話の長田(萩原譲)の行動も、「指示がないと動けない」性格ゆえという切なさがあった。