小山茉美、声の芝居は「毎回必死なんです」 中村健治も驚いた役に対する“誠実さ”

小山茉美、声の芝居は「毎回必死なんです」

 TVアニメ『怪~ayakashi~』のエピソード「化猫」や、TVアニメ『モノノ怪』で奇想天外な世界を見せてくれた中村健治監督の最新作となる長編アニメ『劇場版モノノ怪 唐傘』が公開中だ。絢爛として切れ味の鋭い映像と、大奥に生きる女性たちの情念が滾るストーリーがスクリーンいっぱいに繰り広げられる。物語の中で大奥に君臨する歌山という女性を演じたのは小山茉美。中村監督たっての希望で起用となったという小山は、どのようにその役に向き合ったのか。そして中村監督が劇場版で描きたかったことは何なのかを聞いた。

中村健治、小山茉美の芝居は「パーフェクトでした」

ーー『モノノ怪』のTVアニメがフジテレビの深夜アニメ枠『ノイタミナ』で2007年に放送されてから17年。待望のシリーズ続編ができました。

中村健治監督(以下、中村):映画を監督するのは初めてのことなので、「映画とは何なのか」ということをたくさん考えました。実は本作は、最初は映画というプロジェクトではありませんでした。『モノノ怪』の続編を作ってほしいというオーダーがあり、映像を作っていく中で今の時代に『モノノ怪』を作るとしたら、ひとつのエピソードに結構なボリュームが必要となるだろうと分かって来て、それならば映画として成り立つのではないか、ということになりました。

ーーその時点ではもう、大奥を舞台にするということは決めていたのですか?

中村:決めていました。いつか扱ってみたい舞台だと思っていましたし、打ち合わせ時点でも、女中さんたちがいる大広間に薬売りが凛とした姿で立っているビジュアルが浮かんでいました。それをホワイトボードに描いて、「こういう画が作れるから大奥はどうでしょう?」と言ったら、みな賛成してくれて決まりました。

ーー大奥が舞台というと、実写のドラマもあれば映画もあり、過去にいくつもの作品が作られています。それらに挑むような心境でしたか?

中村:そういう心境では全くありませんでした。自分が大奥にそれほど詳しいわけではないので、取材をしたり、いろいろと調べたりしていくうちに何かが見つかるのではないか、と楽観的な感じでした。それで実際に調べると、思っていたものとは違っていたんです。将軍の後継ぎを産むことが重要ではあるのですが、それよりも国の政(まつりごと)を担うことの方が、大奥にとってメインの仕事だということが分かってきました。自分としても「大奥ものだから定番の表現があるでしょう?」というものは作りたくなかったので、その方向で作りました。

ーー大奥での政を描く作品にする上で、最も重要となる地位にいるのが、小山茉美さんが演じた歌山という「御年寄(おとしより)」の女性です。このキャスティングはどのように決まったのですか?

中村:一本釣りです。先に歌山のデザインがあって、音響チームやキャスティングスタッフも入った大人数でのキャスト会議があった際に、歌山は小山さんにお願いするということで一致しました。それで小山さんにお願いして、断られたら次の方を考えようと思っていたのですが、小山さんから「演ってみてもいいかも」というリアクションをいただくことができました。アフレコの日を迎えた時には「(小山さんで)本当に良かったなあ」と思いました。

ーー小山さんは、中村監督や『モノノ怪』シリーズについてはご存じでしたか?

小山茉美(以下、小山):内容まではよくは知らなかったんですけど、薬売りの絵とか色の感覚、和紙を使った世界観などは存じ上げていまして、なんて不思議なアニメーションなんだろうって思っていました。だから今回、すごく楽しみにさせていただきました。

ーー歌山という役を受けようと思われたのはなぜですか?

小山:最初にお話をいただいたとき、事務所から「大奥総取締役という茉美さんにピッタリのお役なんです」と言われたんです。ぬかよろこびじゃないけど、「やるやるやる」と3回くらい返事したのですが、後から考えて、「私にピッタリ」ってどういう意味? とちょっと気になりました。そんなに偉そうにしているのかなって。(笑)大奥についても、世継ぎを残す場所といったイメージがあったんですが、すぐに監督の方から、設定や内容の解説などいろいろ資料を送っていただいて、大奥は女性官僚が2000人も集まって幕政を裏で支えている組織だったと知りびっくりしたんです。歌山はその2000人の女中たちを束ねて政を仕切っている人間。それほどの重責を担っている人間を演らせていただくのだから、なまじっかなことではだめだぞと思って挑みました。

『劇場版モノノ怪 唐傘』特別予告 -動の巻-

――実際に歌山を演じてみて、どのような人物像を思い描きましたか?

小山:演じているうちに、ひとりの女として勤勉実直というか、お勤めに人生をかけている女性という立ち位置なのだと思いました。威張るとか、権力を持つとかではなく、この政を何とかしっかりやらなくちゃいけない、という重責を感じている人。なので演じていて、余裕なんて全くありませんでした。アフレコも他の皆さんのセリフもまだ入っていなかった状態で、ひとりきりで挑戦をさせていただいたので、監督に「これはこうなの?」「これはどうなの?」と聞いていろいろ意見をいただいて、そうして取り組んだ感じです。

中村:パーフェクトでした。

小山:ひゃ、そんなに褒められたら困ります。

中村:本当にお世辞ではないです。

小山:歌山が大広間に女中さんたちを集めて延々と指示をするシーンがあるんです。そこではセリフが縦書きではなく横書きになっていたんですよ。それも右から左へ。ワンカットがすごく短くて二文字くらいしか入らないから、セリフが横書きみたいになって凄い速さで走っていく。台本めくりが間に合わないので、全部書きだして読みやすいようにして、確かに一か八かの勝負でした。

ーー歌山が大奥の中心にいることが分かるシーンですが、中村監督は歌山をどのような人物として描こうと考えたのですか?

中村:小山さんがおっしゃられた通りです。そのお仕事が正しいとか悪いとかそういうことではなくて、とにかく目の前にある仕事をやり抜くなり、部下にやらせて自分はそれに対してちゃんと責任を持つといったことをずっと繰り返してきた人ですね。自分の後ろにはもう誰もいないので、ここでせき止めないと何かが崩れてしまうという、その緊張感がずっと続いているのにもかかわらず、大奥の中で政治的立場が強いわけでも何でもないという雰囲気で描かせていただきました。

ーー官僚的ですね。

小山:官僚ですよね。完璧な公務員といった人。

中村:本当にピュアな人です。こういう歌山さんみたいな人がいるから、僕らが普段生活していて、ちゃんと電気もつくし水道からも水が流れてくる。一見して派手さがあるわけではないですが、そういう仕事をしっかりやってくれる人がいるから、僕らの社会って回っている。そんな人たちの代表として歌山さんに出演してもらっているといった話をスタッフによくしていました。ただどんな正邪関係なく仕事もやり抜いてしまうので、今の世の中だと、やり抜いた勤めの内容によっては悪者にされたりすることも多いのです。日常にまったく問題が起こっていない時に、地味な事でもエラー無く毎日やり抜くタイプの人がいることのすごさをもっと分かった方が良いということを感じていていました。

ーー厳しいけれども頼りがいのある上司といった感じですね。

中村:若い方やまだ働いたことがない方は、歌山さんの気持ちがなかなか分からないかもしれませんが、自分に責任があったり、何かを背負ったりしているような人が観た時に、「これは分かる」と言われるような人物像になっていると思います。この作品の現場もそうですし、アニメーション業界全体もですが、女性のスタッフがとても多いです。歌山さんはそうした女性のスタッフにすごく人気があり、歌山さんを「カッコ良くしないとダメ」といった感じでプレッシャーをかけられていたんです。

ーーそして小山さんに決まったら……。

中村:スタッフのみんながすごく喜んでくれました。

小山:ありがとうございます。

中村:アフレコのムービーを観て、「テンションが上がりました」という人たちもたくさん現れました。言霊というか、声に宿る人生や気持ちといったものがすごく伝わるんです。それで絵を描く人が、声を聞いたうえで歌山さんを描くと絵が変わると言ってくれました。表情が変わるって。それならもうどんどんと変えていくといった感じで進めました。小山さんのアフレコをずっと見させていただいている中で、「ここは大奥」ってセリフがあるのですが、ものすごく響いたんです。ぶわっと、空気が震えるとはこういうことかと思いましたし、でもそういう空気だけではないんですよね。僕らの心が揺れているんですよね。そういうところがすごく大事だと思いました。

ーー本編でも見どころのシーンですね。小山さんは声優として長いキャリアを経ている方で、大奥の中心にいる歌山とどこか重なるところがあるように思いました。

小山:いえ、実は私、すごく不器用なんです。いろいろな役をやらせていただいて、器用なんじゃないかと思われたりしますが、毎回毎回必死なんです。「こういう役をやってみたら?」という感じでいくつもの役をいただいて、それを必死に演じる中で鍛えられてきました。それらしく上手くやろうということではないんです。もしも私がこの人物だったら、どのように言うんだろうというところを考えて演じてきました。極端な話、アラレちゃんも、今回の歌山も、同じように必死にやっている感じです。

小山茉美
小山茉美

ーーキャリアに重なるところがあるといっても、素の自分をそのまま重ねているというわけではないのですね。

小山:そうです。「こうやって面白くしてやろう」といった余裕は私にはないんです。常にその役に正面から取り組む感覚でしかないです。まったく偉そうじゃないですよね。本人は謙虚だと思っているんですけどね。

中村:実際にアフレコの時、小山さんが「私、わからないことがあるのよね」とおっしゃって、すごくびっくりしました。小山さんとお仕事をするのは始めてで、すべてにおいて「こうでしょう」と言われる方なのかと勝手に想像していたので。アラレちゃんにしても七色の声で、「これ本当に同じ人がやっているの?」といった感じを素人の時から観ていたのでドキドキしていました。

ーー実際はまったく違っていたのですね。

中村:小山さんから、「歌山ってこういうことかしら?」みたいなことを言われたのですが、それで、役に向き合う誠実さを感じました。実は自分もそういうタイプなんです。余裕なんてなくて、その場で全力を出し切って後のことは考えていないといった感じです。

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