『虎に翼』が描く“こうあるべき”からの脱却 伊藤沙莉演じる寅子の誰にも侵されない信念
「自分の意思で物事を受け流すのと受け流さざるを得ないのとは違うから」
この寅子(伊藤沙莉)の台詞(第80話)で、これまでの寅子の信念がよくわかった。そんなことは全然わかっていたよ、という視聴者もいたとは思うが、はっきり言語化されてすっきりした気がするのだ。
朝ドラことNHK連続テレビ小説『虎に翼』の第16週「女やもめに花が咲く?」では寅子が新潟県三条市の支部長に就任し、狭い共同体のなかでの独特な人間関係にさっそくナタを入れた。地域が特定されてはいるが、これは決してその地域に限ったことではなく、共同体と捉えたほうがいいだろう。
閉塞感のある共同体でうまくやっていくためには「持ちつ持たれつ」というやり方で人間関係をまわしていく。長いものに巻かれるとか、郷に入っては郷に従えとか、情は人のためならず、とかそういうようなことだ。
弁護士の兄弟・杉田太郎(高橋克実)と次郎(田口浩正)はなにかと寅子をもので釣ろうとし、民事調停案件の山の境界線問題では、土地の名士の顔を立てるように徹底的に根回しをする。若い事務官・高瀬(望月歩)が名士に歯向かって大問題に発展したときも太郎はなんだかんだ言いながらもおとがめなしにしようと立ち回る。だが寅子はそれをよしとしない。そのとき発せられた言葉が先述の「自分の意思で物事を受け流すのと受け流さざるを得ないのとは違うから」であった。ここで太郎と名士に借りを作ったら、このあと、彼らに何も言えなくなるから、問題に関しては潔く処分を受けるべきと寅子は考え、高瀬も同意する。
この件で思い出すのは、寅子が恩師・穂高(小林薫)に対して長らく遺恨を抱いていた件である。妊娠しながら働き続けたいと頑張っていたら、一旦休んで子育てに集中したほうがいいと助言され、寅子は猛反発した。そのときもきっと、自分の意思で仕事を休むのはいいが、まわりから休まざるを得ない流れに持っていかれることは絶対にいやだったのであろう。頑固すぎるという気もしないではないが、わからなくもない。少なくとも寅子はそういう生き方を貫いている。絶対に謝らないときもあれば、「ごめんなさいね」と妙に素直に謝ることもある。その違いは彼女のなかでは歴然としているのだろう。自分の意志でここは謝って流しておこうと思えることと、ここは引けないと思うことを明確に切り分けているのだ。彼女の心の山の境界線は決して曖昧でなく、誰にも侵されないのである。
寅子の考えに高瀬は共感する。若く、他者との境界を明確にしたい彼は、これまでこの共同体で生きづらかっただろう。まあ、そんなに生きづらかったら共同体を出るという選択肢もあるとは思うのだが、ここは出るに出られない若者もどう救うかというテーマなのだろう。
寅子は高瀬を救う。と同時に、彼女自身も共同体に丸め込まれないという確たる意思を打ち出したのだ。