第96回アカデミー賞は授賞式として“格段に”良くなった? 6つのハイライトを解説

第96回アカデミー賞、授賞式ハイライト

問題に意識的なスピーチとオーディエンス

 楽しいことばかりではなく、問題にも意識的でいる必要があることを強調した第96回アカデミー賞。オープニングモノローグでは2023年の映画界最大の話題となったストライキについて言及し、改めてストに参加した俳優陣やライター陣へ司会のキンメルが感謝を述べた。そして長編ドキュメンタリー賞を、ロシアによるウクライナ侵攻によって包囲されたマリウポリ市内の惨状を記録した『実録 マリウポリの20日間』が受賞。スピーチでウクライナ人ビデオジャーナリストであるムスティスラフ・チェルノフは「(受賞者として)この映画を作らなければよかった、と話す最初の監督になるだろう」と語った。

 また、授賞式には胸元に“赤いピンバッジ”をつけている参加者も。このバッジはパレスチナ自治区ガザ地区での即時停戦を呼びかける意味があり、即時停戦と緊急の人道支援、すべての人質の解放を呼びかけるキャンペーン「Artists4Ceasefire(停戦のためのアーティストたち)」への連帯でもあるのだ。歌曲賞を受賞したビリー・アイリッシュとフィニアス・オコネルをはじめ、マーク・ラファロ、ラミー・ユセフ、マハーシャラ・アリ、リズ・アーメッド、エイヴァ・デュヴァーネイ、スワン・アローらが着用していた。

 加えてホロコーストを新しい観点で捉えた『関心領域』のジョナサン・グレイザー監督は、国際長編映画賞受賞のスピーチで「過去に彼らが何をしたか以上に、今私たちが何をすべきかを大切にした」と語り、ガザでの虐殺について触れたが、拍手をする者としない者で会場内の反応は分かれていた。

巨匠から巨匠へのバトンパス儀式

 受賞の瞬間で特に印象的だったのは、監督賞。『シンドラーのリスト』でアカデミー賞監督賞を受賞して30年が経ったスティーヴン・スピルバーグがプレゼンターとして登壇し、『オッペンハイマー』のクリストファー・ノーランの名を呼んだ。その溜めも迷いもないスピード感から、もはやスピルバーグは3度目のノミネートで遂に受賞できたノーランに初めてのオスカー像を手渡すためだけに式に参加したかのように思えるし、“彼から”受け取ることに意味があった。8ミリカメラや16ミリカメラなどでキャリアを始め、フィルムで映画を撮ってきた“巨匠”から、IMAXカメラを担いで撮影する次世代の“巨匠”へ。渡されたものは、オスカー像の形をしたバトンであり、映画史に残る受賞の瞬間だった。

リリー・グラッドストーンが初受賞逃す

 最後に、本授賞式の最大のサプライズが主演女優賞の結果だったことに触れておかなければならない。本賞の最有力候補は何と言っても『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』のリリー・グラッドストーンだった。彼女のノミネーションは先住民女性として初めてのことであり、アカデミー賞の前哨戦とも言えるゴールデングローブ賞やSAG賞でも受賞するなど歴史的快挙を成し遂げてきた。特にSAG賞では最大のライバルとして謳われた『哀れなるものたち』のエマ・ストーンが、グラッドストーンの名前が呼ばれた際にすごく喜んでいた様子から、全体的にオスカー像もグラッドストーンが手にするものだろうという空気感だったのだ。

 しかし、名前を呼ばれたのはまさかのエマ・ストーン! 彼女の演技も素晴らしく、受賞に値するものだったが故にフェアではあるが、受賞歴のあるエマ・ストーンに対して“先住民女性役”を演じた“先住民女性”として、“オセージ族を巡った許されない犯罪を描いた作品”でリリー・グラッドストーンが受賞する機会はもうないかもしれない。やはり、本作で獲ってほしかった気持ちがある。しかし、殻を破ってあそこまで女優としての進化を見せたエマ・ストーンの演技も称賛されるべきなので、何とも言い難い。むしろ、必ず「robbed(奪われた)」という批判的な視聴者の意見がネットに溢れることがわかっているからこそ、エマ・ストーンもこのタイミングで受賞してしまったことが不憫にさえ思える。歴史的瞬間として期待されていたリリー・グラッドストーンの素晴らしい受賞スピーチは、ゴールデングローブ賞、SAG賞で聞けるので動画などで振り返るとしよう。

第81回ゴールデングローブ賞主演女優賞(ドラマ部門)リリー・グラッドストーン

 第96回アカデミー賞は『オッペンハイマー』が最多7部門受賞、次いで『哀れなるものたち』が4部門、『関心領域』が2部門受賞という結果となった。ぜひ、受賞作品を映画館まで足を運んでご覧いただきたい。

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