大きなスケールで描く、ごく個人的な変化 『スペースマン』にみる、SF的題材が人気な理由

『スペースマン』にみるSFが人気な理由

 本作は、このようなテーマについて、かつてチェコでソビエト連邦の「マルクス・レーニン主義」に傾倒したことで批判されることになったヤクブの父親の存在や、ヤクブが一家の名誉を晴らそうとするといった要素、スラヴ民族の神話に登場する水の精霊「ルサールカ」や、それを題材にしたオペラ作品など、いずれも「チェコ」の要素によって補強されている。それは本作の原作者ヤロスラフ・カルファシュがチェコ出身であり、15歳でアメリカに渡ったという経歴が大いに関係していることだろう。ちなみに、この原作者はアニメ専門チャンネル「カートゥーン ネットワーク」を観て英語を学び、セントラルフロリダ大学を主席で卒業し、ニューヨーク大学で修士号を取得した超秀才だ。

 興味深いのは、このような家庭内の問題や人間の精神という小さな世界がSF作品のなかで語られるというところだろう。こういった系統のSF映画で名作と知られているのは、アンドレイ・タルコフスキー監督の『惑星ソラリス』(1972年)だが、近年は『アド・アストラ』でも本作同様に、宇宙飛行士が太陽系の彼方に行くことが、男性の身勝手さの象徴となっていたように、ジェンダーにまつわる固定観念の否定というテーマが前に出てきているものがあるのが印象深い。

スペースマン

 とくに最近は、日本でいうところの“純文学”な取り組みとSFのようなテクノロジーを題材にするジャンルが、かつてなく融合してきている感がある。筆者は以前別の媒体で、現代のアメリカのSF小説家を代表するひとりであるケン・リュウに話を聞く機会に恵まれたが、そのときに彼が語っていたのは、テクノロジーがどう発達するかという見通し自体よりも、テクノロジーが社会や人間の生き方をどのように変えていくのか、あくまで人の精神的な部分や社会の変化を描くことに興味があるという話だった。そう考えるのなら、もはや「SF」というジャンルにこだわることに意味がなくなってきているのかもしれない。

 もちろん、作家ごとにそれぞれ違いはあるだろうが、この種のジャンルからの逸脱、越境、融合こそが、SF以外においても、現在の多くのクリエイターに共通する作品作りのベースになってきているのではないか。そういった感性が、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(2022年)や『哀れなるものたち』(2023年)のような、これまでの枠にはまりきらない作品を多く生む要因になっていると思えるのである。

スペースマン

 さて、本作のヤクブの精神の旅は、どこに行き着くのか。ハヌーシュが「貯蔵庫」と呼ぶ目的地は、宇宙の過去、現在、未来までの記憶が存在する場所だった。これは、ニューエイジ思想における「アカシックレコード」の概念や、五十嵐大介の漫画を原作とした劇場アニメーション『海獣の子供』(2019年)などが描いた境地に近いものだと思われる。

 そこでヤクブは、宇宙の真理に触れることで、自分の妻への振る舞いを改善する成長を見せるだろう。大きなスケールで描く、ごく個人的な変化。大小それぞれを同等の問題として丁寧に考えること、自分の足元を見つめ直すという小さな気づきこそ、本作が語りかける、観客一人ひとりへのメッセージに繋がっているはずである。そして、マックス・リヒターの内省的かつ広がり、奥行きのある音楽が、全てを優しく包み込んでいる。

■配信情報
『スペースマン』
Netflixにて配信中
出演:アダム・サンドラー、キャリー・マリガン、ポール・ダノ、クナル・ネイヤー、レナ・オリン、イザベラ・ロッセリーニ
監督:ヨハン・レンク

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