第96回アカデミー賞受賞結果を現地ライターが直前予想 『オッペンハイマー』が頂点に?
今年のアカデミー賞は、予想屋として張り切り甲斐のない結果になりそうだ。サプライズ、番狂わせ、大穴といった賞レースを盛り上げるキーワードが全く聞こえてこない。第96回アカデミー賞に投票するのは、9341人(2024年1月16日現在)の映画芸術科学アカデミー(AMPAS)のメンバーたち。2023年度の新会員は398名で、約40%が女性、約34%がマイノリティグループ、約52%がアメリカ国外からの参加だったという。(※1)この動きは年々加速していて、1月22日に発表されたノミネーションには多様性が反映されていると感じる。だが、受賞予想に関して言うと、多様性よりも作品や候補者がどんなメッセージを映画界に届けたかが重視されるような気がしている。特に、2023年はパンデミックが明けていよいよ映画業界が復活するかと見られていた矢先に、映画脚本家協会と映画俳優組合によるストライキが行われ、ハリウッドメジャーによる作品製作が半年以上頓挫した。その間にAI生成技術は格段に上がり、クリエイティブ職に従事する者全ての脅威となっている。最多ノミネート作品の『オッペンハイマー』のクリストファー・ノーラン監督は、第95回アカデミー賞で作品賞ほか7部門を最多受賞した『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のダニエルズの2人に対し、こう語っている。
「(AIに)右と左を区別する方法をどうやって教えるのか、誰もまだその答えを持っていません。(中略)あなたがた(ダニエルズ)は“『オッペンハイマー』をどうユニバーサルに売り込んだのか?”と聞きましたね。その答えがあるわけではないですが、AIのアルゴリズムでは、ユニバーサルがこの映画を作るべきだという予測を描くことはできないでしょう。それがなぜか私にもわかりません。わからないけれど、私は、我々はみなクリエイティブな存在で、世界になにかを提供し、それが価値あるものであると信じています。置き換わることはないのです」(※2)
この言葉は、自らの権利を主張し勝ち取るストライキにも、AIとの共存不可避のこの先の未来に対しても、一つの指針を与えるものだ。アカデミー賞の受賞確率は前哨戦のデータから測れるかもしれない(※3)。『オッペンハイマー』は、ノミネートされている主要部門で受賞確率70%以上の強度を持つ。でも、そこに“なぜだかわからない”ものが提供され、そこに価値を見出した作品やクリエイターに一票が投じられるのだろう。人間による投票が守られ続ける限りは。
第96回アカデミー賞受賞結果予想
★本命 ●対抗 ▲サプライズ
助演男優賞
スターリング・K・ブラウン『アメリカン・フィクション』
ロバート・デ・ニーロ『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
★ロバート・ダウニー・Jr.『オッペンハイマー』
▲ライアン・ゴズリング『バービー』
マーク・ラファロ『哀れなるものたち』
最も固い部門のひとつ。ロバート・ダウニー・Jr.は授賞式で最初に発表されることが多い助演男優賞で堅実に受賞を重ね、ウィットに富んだスピーチで投票者のハートを掴んできた。なので、候補者が一堂に会するノミニーランチョンでもこの余裕。今年のノミネーションの大失態『バービー』不遇を受け、ライアン・ゴズリングが発したメッセージは力強いものだった。主題歌賞候補「I’m Just Ken」の受賞も難しそうだが、パフォーマンスは授賞式最大の見せ場になる予定なので、ゴズリングに貢献賞くらい授けるべきだ。
助演女優賞
エミリー・ブラント『オッペンハイマー』
ダニエル・ブルックス『カラーパープル』
アメリカ・フェレーラ『バービー』
ジョディ・フォスター『ナイアド ~その決意は海を越える~』
★ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
前哨戦から勝ちっぱなしのダヴァイン・ジョイ・ランドルフ。批評家受けの良いアレキサンダー・ペイン監督作『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』で私立高校の料理長を演じたランドルフの演技に賞賛が集まっている。深みのある演技を引き出すことに長けたペイン演出だが、過去にノミネートされた俳優たちはまだ誰もオスカー像を手にしておらず、もしもこのまま彼女が走り抜けると初の受賞俳優となる。
主演男優賞
ブラッドリー・クーパー『マエストロ:その音楽と愛と』
コールマン・ドミンゴ『ラスティン:ワシントンの「あの日」を作った男』
●ポール・ジアマッティ『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
★キリアン・マーフィー『オッペンハイマー』
ジェフリー・ライト『アメリカン・フィクション』
今年の俳優部門受賞者は、アレキサンダー・ペイン組vsクリストファー・ノーラン組の対決。『オッペンハイマー』の3時間の上映時間中、常にキリアン・マーフィーの顔を見つめていたので、この映画を観た誰もが彼に投票してしまいそう。いつもながらのおかしく哀しい中年男性を演じたポール・ジアマッティの演技は彼にしかできない匠の領域に入っている。それでもやはりキリアン・マーフィーに軍配があがりそう。興味の対象はすでに、ジアマッティがゴールデングローブ賞授賞式後のように、またIn-N-Out Burgerを食べに行くかに移っている。
主演女優賞
アネット・ベニング『ナイアド ~その決意は海を越える~』
★リリー・グラッドストーン『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
ザンドラ・ヒュラー『落下の解剖学』
キャリー・マリガン『マエストロ:その音楽と愛と』
★エマ・ストーン『哀れなるものたち』
昨年のミシェル・ヨーとケイト・ブランシェットのように、今年のアカデミー賞の中で最も拮抗する部門。身体を張った演技を見せたエマ・ストーンはまごうことなき主演女優だが、リリー・グラッドストーンの出演時間はそこまで長くない。それでも彼女の演技には信憑性があった。最悪の罪を犯すレオナルド・ディカプリオ(でも主演男優賞落選)演じるアーネストと、グラッドストーン演じるモリーの関係を「最高のラブストーリー」と位置付けたアワード・マーケティングの勝利だと言える。