『風よ あらしよ』から滲み出る現代社会への危機意識 “理想”を掲げ続けた伊藤野枝を想う

『風よ あらしよ』が描く理想と現実の間

 女性活動家という自分の日常から遠い存在に思える野枝だが、彼女が辿った28年の生涯の中に「その気持ちを自分は知っている」と感じる生々しい手触りがちりばめられている。

 中でも青鞜社周辺のエピソードは、とてもリアルだと感じた。平塚らいてうから引き継ぎ、『青鞜』の編集長となった野枝は、先鋭的なテーマを扱うが雑誌は売れず返本の山となる。やがて『青鞜』は廃刊となってしまい、野枝に進むべき道を指し示してくれた辻との関係も、野枝が成長するに従い、うまくいかなくなる。

 最終的に「幼稚なセンチメンタリズム」を共有できる大杉と出会うことになる野枝だが、二人の絆と同じくらい印象に残るのが、彼女の元から去っていた人々だ。

 辻も含め、野枝から離れていった人たちが去っていく時に見せる複雑な表情は印象的で、理想に向かって邁進する野枝の気持ちも、野枝から離れていった人たちの気持ちも同じくらい理解できる。

 周囲から理解されなかった孤独を抱えた人間が新しい仲間たちの元で才能を開花させ、仲間と共に世に打って出る時に感じる高揚感は格別のものである。しかし、理想だけでは人は生きていけないため、一人、また一人と野枝から離れていく。

 志を共にした仲間が次々と離れていく「青春の挫折」を徹底的に描いた序盤の痛みがあるからこそ、『風よ あらしよ』は、理想を語りながらも地に足のついた普遍的な物語に仕上がったのだ。

■公開情報
『風よ あらしよ 劇場版』
新宿ピカデリーほか全国順次公開中
出演:吉高由里子、永山瑛太、松下奈緒、美波、玉置玲央、山田真歩、朝加真由美、山下容莉枝、渡辺哲、栗田桃子、高畑こと美、金井勇太、芹澤興人、前原滉、池津祥子、音尾琢真 石橋蓮司、稲垣吾郎
原作:村山由佳『風よ あらしよ』(集英社文庫刊)
演出:柳川強
脚本:矢島弘一
音楽:梶浦由記
制作統括:岡本幸江
製作・配給:太秦
映像提供:NHK
2023年/127分/DCP/1:1.86/日本
©風よ あらしよ 2024 ©村山由佳/集英社
公式サイト:www.kazearashi.jp

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