映画『窓ぎわのトットちゃん』の“異様さ”の正体 原作と異なる物語から紐解く

映画『窓ぎわのトットちゃん』の“異様さ”

 本作で注目すべきは、まずアニメーション作品としての表現だ。当時の児童書のイラストを参考にしたという、レトロさが含まれたアグレッシブなキャラクターデザインや、作中で別個に作られ演出された幻想的なアニメーションのパートが強く印象に残る。

 そしてもう一つは、原作と異なっている物語の部分だ。子ども時代の話だという性質上、原作では日本の軍国主義化への批判はそれほど強くなく、あくまで経験した事実を基に構成されている。本作のプロモーション映像で黒柳は、本が最初に話題になったときに映像化の話がいくつもあったが、もともと本には「大した内容がない」と、懸念を示していたと語っている。

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 おそらく「大した内容がない」というのは、本のエピソードが事実であることから、物語としての大きな山場がなく、映像作品向けではないのではないかという懸念だと思われる。そこで本作は、エピソードを配置し直し、どこをピックアップするか、そして新たに色付けをおこなうことで、本作をドラマティックなものにしている。

 その一つが、戦争批判のテーマである。ゆえに本作では、日本社会全体が熱狂の渦に巻き込まれていき、その渦中に巻き込まれたり犠牲になる人々の姿も強調されている。このあたりは、2005年以降のTV、映画を含めたアニメーション『ドラえもん』を長く手がけてきた八鍬新之介監督の意向を汲み取ることができる。

 もう一つ、大きな扱いとなったのが、トットちゃんのクラスメートの「泰明ちゃん」だ。ここでは原作の要素を利用しながら、かなり大胆な改変が試みられている。ポリオ(小児まひ)の影響で体を動かすことが苦手な彼は、トモエ学園やトットちゃんと出会うことで、土埃にまみれて活発に遊ぶことができるようになっていく。プール開きを表現した幻想的なアニメーションは、本作の白眉であるといえよう。

 驚かされるのは、原作の相撲のエピソードに大胆な付け加えをしているところだ。新たな世界への扉を開いてくれたトットちゃんが、他のクラスメートのお嫁さんになりたいと言っているのを聞いて、泰明ちゃんは相撲の強いトットちゃんに勝負を挑もうとする。危険がともなうことから腕相撲に変更されるが、温厚な泰明ちゃんは、ここでトットちゃんが手加減をしたことに珍しくも怒りをみせる。頼りになるところを見せようとしたのに、自分がトットちゃんにとって対等な相手ではないと言われたように感じたということだろう。

 泰明ちゃんが奴隷問題、黒人差別を題材にした本『アンクル・トムの小屋』をトットちゃんに貸したエピソードは原作にもあるが、この前提があるために、泰明ちゃんが自分の境遇を本のテーマに重ね合わせて考えていたこと、それをトットちゃんに分かってほしかったというニュアンスが発生することになる。そしてその後に起きてしまう悲劇は、戦争の被害の残酷さとともに、一つのスペクタクルへと結実していくことになる。つまり、原作の要素に大きな意味を与えたのである。わずかな付け加えと配置でドラマを生み出すところは、脚本の妙といったところだろう。

 だが一方で、このような意味づけを与えるのは、果たして適切だったのかという疑問をおぼえる部分もある。原作はあくまで子どもを主人公にした作品だけあって、戦争や差別、そして死という重いテーマについては、登場こそすれ、それほど深くまでは立ち入らないようにしていると感じられた。だからこそ読後感も爽やかで、カラリとした気持ちよさが残る。しかし本作は、そこに重厚さや深刻さを求めたために齟齬が生まれ、全体がいささか不自然なバランスになってしまったように感じられるのだ。

 良くも悪くも、観客が感じた本作独特の“異様さ”というのは、このようにエピソードとテーマの熱量に差異があることから生まれるアンバランスさがもたらしたものではないのかと思うのである。

 ただ、本作には誰もが納得できるようなラストシーンが用意されている。トットちゃんが、校長先生から受け取った優しさや寛容さを、彼女はクラスメートや家族など、自分以外の人たちに分け与えるという成長を、はっきりと見せるのである。このささやかな成長や、他者を思いやる想像力がもたらす平和こそ、いま日本が、そして世界が見習うべきものなのではないだろうか。

■公開情報
映画『窓ぎわのトットちゃん』
全国公開中
監督:八鍬新之介
脚本:八鍬新之介、鈴木洋介
出演:大野りりあな、小栗旬、杏、滝沢カレン、役所広司ほか
キャラクターデザイン:金子志津枝
制作:シンエイ動画
原作:『窓ぎわのトットちゃん』(黒柳徹子著/講談社刊)
配給:東宝
©黒柳徹子/2023映画「窓ぎわのトットちゃん」製作委員会
公式サイト:tottochan-movie.jp
公式X(旧Twitter):@tottochan_movie
公式Instagram:@tottochan_movie
公式Facebook:@tottochan.movie

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