映画『窓ぎわのトットちゃん』の“異様さ”の正体 原作と異なる物語から紐解く

映画『窓ぎわのトットちゃん』の“異様さ”

 日本のTV業界の最初期より番組に出演し、タレントや司会者、俳優など、マルチな活躍を現在も続けている、黒柳徹子。『徹子の部屋』(テレビ朝日系)や『ザ・ベストテン』(TBS系)、『世界・ふしぎ発見!』(TBS系)などの人気番組で、多くの視聴者に愛されてきた彼女は、これまでに国内で800万部、全世界で2500万部を突破したという書籍『窓ぎわのトットちゃん』を書いたことでも有名だ。じつに40年ぶりの続編『続 窓ぎわのトットちゃん』が、先日刊行したばかりでもある。

 そんな大ベストセラーを原作にしたアニメーション映画が、シンエイ動画によって制作された。その動画枚数12万枚ともいわれる本作の出来には賞賛の声が寄せられているが、同時にその内容には不思議さや異様さを感じたという観客の声も目立つ。ここでは、本作のテーマとともに、その異様さの正体が何なのかを、原作と比較しながら考えていきたい。

 自伝小説といえる原作『窓ぎわのトットちゃん』の内容は、「トットちゃん」こと小学生時代の黒柳徹子が、東京の自由が丘に実在した、自由な気風の学校「トモエ学園」で過ごした日々を綴ったもの。また、太平洋戦争以前より音楽を教育に利用した「リトミック」を日本で初めて本格的にとり入れるなど、画期的な指導法で子どもたちの才能を伸ばしていった校長・小林宗作の試みを感謝とともに紹介している。

 アニメーション映画版である本作でも、当時におけるトモエ学園の新しさや、他の学校で問題児とされたトットちゃんのとりとめのないおしゃべりを4時間も熱心に聞いてくれたという、校長の教育への姿勢を描いている。それは、子どもたち一人ひとりの人格を認め、自己肯定感を持たせるとともに、大人の事情で子どもの個性の芽を摘まないようにしたいという理念を大事にするということのようだ。

 黒柳が「この校長先生といると、安心で、暖かくて、気持ちがよかった」と振り返っているように、ありのままを受け入れられる経験は、自信を持つとともに幸せな思い出として刻まれる。他の環境ではトットちゃんの奔放さは否定され、後の黒柳の創造性豊かな個性や能動性も潰されていた可能性がある。

 他の子たちと違った点を認めるということは、子どもが劣等感を持たないようにするためでもあったようだ。教員の「大石先生」が悪気なく生徒をからかったことを校長がとがめるシーンが、本作でピックアップされているように、自由とはいえ放任的な教育方針なのではなく、生徒個人個人に目を配りながら、心の傷を与えないように注意していたことがうかがえる。

 軍国主義に強く染まっていく時代の日本で、ここまで確固とした理念を持って、現在でいうところの多様性を尊重した教育を徹底している学校があったというのは、驚きだ。本のなかで黒柳徹子自身が、なぜここまで自由な学校が当時の日本で成立していたのか不思議だと述べているくらいだ。

 太平洋戦争の開戦前後の時代には珍しいと感じるのは、トットちゃんの生活した家庭の描写でも同様だ。瀟洒な洋風の家に住み、モダンなダイニングでトーストを焼いて食べているシーンからも分かるように、トットちゃんの家は裕福なだけでなく新しもの好きで文化水準が高かったことが理解できる。ヴァイオリニストである父親は、国家や多くの国民が戦争の熱狂に包まれていく時代のなかで軍歌を演奏することを拒否する。トモエ学園だけでなく、こういった環境のおかげで、トットちゃんは社会の動きを広い視点から判断できる理性や知性のなかで育つことができたといえる。

 トモエ学園の卒業生を含め『窓ぎわのトットちゃん』には、日本で著名な文化人が数々登場する。これはもちろん偶然ではなく、トットちゃんこと黒柳徹子は、一般的な日本の家庭と比べれば、はるかに恵まれた人物なのだということが分かるのだ。戦時中のリベラルな文化人たちによる社会史の一端を記録しているという意味では、良い悪いではなく、日本の戦時中の事実が書かれた作品のなかで一線を画したものになっているといえるだろう。

 そういった文化人の代表的な一人が、NHK交響楽団の前身を作り上げた指揮者ヨーゼフ・ローゼンシュトックだ。ユダヤ人弾圧から逃れて日本に来た彼が、日独同盟が結ばれたことに不安をおぼえるシーンも、本作のエピソードとしてピックアップされている。人権問題、人種問題は、トモエ学園の多様性尊重の理念とも繋がっているところがある。一方で、本作においては原作でユダヤ人差別と同様に問題となっていた、日本人による朝鮮人差別問題については扱っていないようだ。差別にまつわる問題を描きながらも、こういった点を忌避しがちなのは、映画業界を含めた日本社会における現在の課題でもある。

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