“都市の映画”の側面も 世界中の社内恋愛カップルを凍りつかせる『Fair Play/フェアプレー』

社内恋愛カップルが凍りつく『フェアプレー』

 今年も“Netflixの秋”がやってきた。毎年秋から年末にかけて北米はアカデミー賞狙いの映画が次々と公開される賞レースシーズン。日本ではその大半が翌年上半期の劇場公開となるが、Netflixは数々の決め球を世界同時配信で見せてくれる。アメリカ映画の現在(いま)をリアルタイムで知ることのできる、映画ファンにとって重要な季節だ。今年はブラッドリー・クーパーが『アリー/ スター誕生』に続いて監督・主演を兼任する『マエストロ:その音楽と愛と』や、デヴィッド・フィンチャー監督の『ザ・キラー』が待機。そんな強力ラインナップの先鋒を務めるのがサンダンス映画祭で絶賛され、Netflixが2000万ドルもの高額で買い付けたクロエ・ドモント監督の長編映画デビュー作『Fair Play/フェアプレー』だ。

 ルークとエミリーは周囲から愛される美男美女カップル。ニューヨークのアパートに同棲中で、ルークがプロポーズをしたことからいよいよ2人の関係は婚約へと進展する。ところが翌日、まだ夜も明けないうちに出勤する2人は自宅の前で別れると、同じテナントのエレベーターでよそよそしく「おはよう」と声を掛け合う。2人は秘密の社内恋愛カップル。同僚との交際は社則で禁止されているのだ。生き馬の目を抜くヘッジファンド業界で彼らは恋人である以前に同僚、そしてライバルでもある。『Fair Play/フェアプレー』にロマンチックな恋の甘さや切なさは期待しないように。フィービー・ディネヴァー、オールデン・エアエンライクというセクシーなスターを揃えた本作は、世界中の社内恋愛カップルを凍りつかせる心理スリラーだ。

 社内の噂ではどうやら次の昇進候補はルークらしい。ところが実際に抜擢されたのはエミリー。男性社員たちはしきりに「枕営業をしたんだ」とやっかみ、女性の上司を持つことに反発。エミリーの出世はルークとの関係にも影響を及ぼしていく。社内チャットで矢継ぎ早に指示を出す彼女にルークはたじろぐばかり。エミリーが思っていたほど彼は仕事ができず、出世どころか実はリストラ候補の筆頭に挙がっていることが明らかになる。クロエ・ドモントは昼は会社、夜はセックスで男女の心理的力関係の勾配を変えていく。オールデン・エアエンライクは威厳を失い、性的にも萎縮していくルークを好演。かつて『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』でハリソン・フォードの後継者と目されながら批評、興行ともに失敗し、『スター・ウォーズ』シリーズ長編実写映画の企画を事実上、頓挫させた彼がようやくの汚名返上だ。

 一方のエミリーは大役を任されたプレッシャーに疲弊していく。一見、男女の目線がフェアに描かれたような映画だが、キャラクター造形はエミリーの方が深い。17歳で経済誌に寄稿したという論文が彼女の思想を物語っている。「偉大な企業の働き方の秘訣を知る者は、発想と努力だけでは成功できないことを理解していた。実際、最も革新的な成功にはルールを知り、特定の枠組みの中で身を処することが欠かせない」。彼女の置かれている環境はここ日本で私たちが見聞きする光景と全く同じだ。上司との飲み会場所はストリップバーで、男性社員たちの猥談を聞いては一緒に笑うことで自らを“男性化”し、自身のポジションが堅持されると錯覚する。Netflixの時代劇ドラマ『ブリジャートン家』で主人公ダフネを可憐に演じ、注目を集めたフィービー・ディネヴァーは、本作こそが正真正銘のブレイク作。ジェンダー格差と熾烈なビジネス戦争によって壊れゆく女を演じ、清楚な表情は次第に見る影もなくなっていく。本作は“都市の映画”でもあり、彼女の精神を蝕むのは時間の平衡感覚を奪う苛烈な仕事と街のノイズ。都会の隙間を縫うようにビルの一角で吹かすタバコが数少ない息抜きだ。

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