カルト作『悪い子バビー』がまさかの日本初公開! 狂った日常から、奇妙で“優しい”物語へ
バビー(ニコラス・ホープ)は35歳の中年男性。エキセントリックな禿げ方をしているものの、まさに男盛りの真っ盛り。ところがどっこい、彼には生きていくうえでの大問題があった。それは35年間、生まれてからずっと母親の手で自宅に監禁されていたせいで、外の世界のことを全く知らず、おまけに母からは歪んだ教育しか受けていなかった。バビーは一般社会の礼儀も、常識も、「死」の概念すら理解していない。家の外は地獄だと語る母を信じ、家の中で猫やゴキブリと戯れて遊んで暮らす。母に「机に座ったまま待ってなさい」と言われたら、失禁しても机に座ったまま待ち続ける。何もかもが狂った日常を送るバビーだが、ひょんなことから外の世界に出ることになって……。
カルト映画『悪い子バビー』(1993年)が、まさかの復活である。日本では『アブノーマル』というタイトルでVHSでのみリリースされていたが、このたび数十年の時を経て劇場公開へ漕ぎつけた。本作はそれだけ人を突き動かす力のある映画だ。結論から言えば、この『悪い子バビー』は、とてつもなく奇妙で優しい映画である。
物語はドン底のドン底から始まる。開始1分で観客はR-18の意味を理解するだろう。バビーとママの底辺の異常日常が描かれ、そこにパパが登場することで、ドン底度はさらにアップ。「おいおい、まだ下があったのかよ」と驚く観客を尻目に、映画はさらにドン底へ向けて急下降。バビーが外の世界に出ても、それは変わらない。どれだけ悲惨な背景を抱えていても、普通の人々から見れば、バビーは不審者以外の何者でもない。避けられ、殴られ、蹴られ、大事なものを奪われ、しかしバビーの旅は続く。音楽に導かれるままに。
本作で鍵となっているのは、音楽だ。夜の街をさ迷うバビーを誘う、聖歌隊の歌。傷ついたバビーを受け入れる、古き良きブルース。何かを示唆するように、教会で鳴り響くパイプオルガン。そして最後の最後に爆裂するエネルギッシュなロック。音楽がバビーの旅路と、彼が出会う人々のドラマを鮮烈に彩る。バビーの友となる売れないバンドマンたちや、介護施設で働きながら、両親から虐待を受けているヒロインのエンジェル。音楽は、彼ら彼女らの人生も浮き上がらせてくれる。
本作は徹底的にバビーを理解不能な存在として、感情移入ができない人物として描く。バビーの女性とのコミュニケーション方法は、胸を揉み、パパが言っていた言葉「いいオッパイだな」をそのまま吐くだけ。初期の『ドラゴンボール』の孫悟空を超える世間知らずなバビーに、嫌悪感を抱く人もいるかもしれない。私だって、正直なところ最初の方は「こりゃキツいかもなぁ」と思った。けれど、不思議なもので、観ているうちに彼のことが心配でたまらなくなってくるのだ。