アニメの“主役交代”はネガティブではない  『スラダン』『SAND LAND』で描かれた新視点

アニメの“主役交代”はネガティブではない

 『SLAM DUNK』の主人公は桜木花道で、『SAND LAND』の主人公は悪魔の王子ベルゼブブ。原作の漫画ではそうなっていたはずなのに、アニメ映画の『THE FIRST SLAM DUNK』は宮城リョータの視点から物語が描かれ、『SAND LAND』の映画も保安官のラオを中心にストーリーが進んでいく。それでいて作品が壊れることなく、新たな面白さを見せてくれるから不思議だ。 

 本稿では、そんなネガティブに捉えられがちな“主役交代”が、アニメ作品においてポジティブな効果をもたらすこともある理由を、『SLAM DUNK』と『SAND LAND』を中心に様々なアニメ作品を例に挙げながら論じていく。

映画『THE FIRST SLAM DUNK』公開後PV 30秒 【絶賛上映中】

 2022年12月3日の公開時まで、内容に関する情報がほとんどなかった『THE FIRST SLAM DUNK』で、唯一の情報源とも言える予告編からうかがえたのが、どうやら宮城リョータの物語になりそうだということだった。実際に映画は、沖縄で少年時代を過ごし、兄を失うという苦い思い出を持って神奈川へと移ってきた宮城リョータの生い立ちと、山王工業を相手にインターハイを戦う湘北高校のチーム一丸となったプレーが描かれた。

 桜木花道も登場していたが、主人公といった立ち位置ではなかった。宮城リョータと同じチームにあってトリックスター的な活躍を見せるプレーヤー。その桜木を活かすことで、湘北が世代最強とも言える山王を相手に互角の戦いを繰り広げるという映画に仕上がっていた。

 『週刊少年ジャンプ』(集英社)での連載を読み、TVアニメの放送を観て『SLAM DUNK』の面白さに浸ってきた人には意外だっただろう。不良だった桜木花道がバスケットボールと出会い、天性の運動能力と流川楓へのライバル意識からくる向上心で成長し、強敵を倒していくドラマに感動するのが、『SLAM DUNK』という作品だったからだ。

 そんな古くからの『SLAM DUNK』ファンや、原作漫画を読んでいたファンがクライマックスにあたる山王戦をアニメで楽しむとしたら、原作どおりに、桜木花道が主人公となっていた方がよかったかもしれない。ただ、それでは濃いファンしか楽しめないものになってしまう。ここで主人公を変え、沖縄から来た少年が、桜木花道を含めた仲間たちと出会い、成長していくストーリーを通じてバスケットボールの面白さを見せることで、『SLAM DUNK』をよく知らない人でも興味が向くようになる。

 タイトルになった『THE FIRST SLAM DUNK』にも、そうした人生で最初に出会う『SLAM DUNK』といった意味合いがある。前知識がないまま映画を観た人でも、3DCGによって描かれながらも漫画のような見た目のキャラクターたちが繰り広げるスリリングなプレイに触れ、バスケットボールというスポーツを凄いと思い、プレイするキャラクターたちに関心を持って、『SLAM DUNK』の世界へと本格的に足を踏み入れていける。

 映画『SAND LAND』も、鳥山明の原作に比べてラオという保安官の存在感が高まっていて、主人公のベルゼブブがどちらかといえば脇に回っている。映画を観る人の気持ちはほぼほぼラオの方へと乗って、水不足に苦しむ人々を救いたいという思い悪魔と取り引きし、ベルゼブブを連れて水源を求める旅に出る冒険者の立場になっている。

【原作:鳥山明】映画『SAND LAND(サンドランド)』90秒予告【2023年8月18日(金)公開】

 これが、ロードムービーという映画の構造であり、ラオという人物になりきって過去を振り返り、今をみつめて未来を開こうとするストーリーにマッチしていて、深く作品へとのめり込ませる。観終わった人の多くがイケオジ映画だと思う理由もそこにある。

 ベルゼブブたち魔族も水に困っている点は人間と同様だが、人間とは違って誰かから奪えばいいと思っている節がある。ラオについていくのは父親のサタンに命令されたからで、危機に陥ったラオを助けるのも自分に危害が及んだから。このように権力者の悪巧みを暴き苦しめられている人々を救うといったテーマに、主体的に関わっている訳ではないのだ。

 そんなベルゼブブの視点から物語を進めるよりは、今まさに水不足に苦しめられていて、そして過去に権力者の謀略によって家族を失い、罪を背負わされた痛みを背負ったラオの視点から進める方が観る側の気持ちも乗りやすく、最後に得られる感動も大きいものとなる。そんな判断があっての“主役交代”だったのかもしれない。

 そうした感動を得られる映画だと事前に宣伝されていれば、観客の足ももっと映画館へと向かったかもしれない。老境のクリント・イーストウッドが毅然として振る舞い、若い者たちを誘う映画と同じ感動を求める観客にアピールしたかもしれないが、予告編では悪ガキのベルゼブブが逆ギレして暴れる映画なのかと思われた。これが動員面での苦戦につながったのだとしたらもったいない。未見の人は、テーマをより明確にした“主役交代”の効果を確かめにぜひ劇場に足を運んでほしい。

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