映画『SAND LAND』にみる“作家・鳥山明”の凄み 『ドラゴンボール』以上の強靭な内容に

『SAND LAND』にみる鳥山明の凄み

 しかし本作はなぜ、ここまで鳥山明の風合いにこだわらねばならなかったのか。それは、多くの部分で原作をそのまま映像化したいという意図があるためだろう。メカや車、モンスターやアクションによって構成される原作の世界観や、ユーモアを含んだ物語の展開は、あまりにも“鳥山明的”であり、まさに作家性をそのまま絞った原液のような内容だといえる。だからこそ、それ以外の要素を投入すると、作品の調和を乱してしまいかねないという理由で、本作はあえて鳥山テイストを堅持するバランスを選んだと考えられる。

 これによって浮かび上がってくるのは、鳥山明という作家の凄みである。原作に近い映像作品を作り出したことで、構成の上手さやユーモア感覚や創造性の豊かさなどがダイレクトに伝わってくる。これは、原作そのものが映画の尺に合っているボリュームだったからこそ味わえる充実感だともいえるだろう。

 日本のファンの多くは、鳥山明という作家が、どれだけ才能に溢れ、圧倒的な世界を生み出してきたかということをよく知っている。だから『SAND LAND』の内容が充実していることに大きな驚きはないかもしれない。しかし海外に目を移すと、多くの国では、やはりTVアニメ『ドラゴンボール』シリーズの認知度が圧倒的なようだ。そのなかでもとくに観られている『ドラゴンボールZ』以降のシリーズは、もちろん絶大な人気があるのだが、原作の話題はアニメ版ほどには盛り上がっていないのが実情だ。

 であれば、鳥山明の原作を知っているファンとしては、やはり漫画も必ず併せて読んでほしいというのが正直なところなのではないか。というのは、人気の高さから10年もの間ほぼ切れ目なく継続して毎週放送されていたTVシリーズは、原作に追いつくことを防ぐために、やむを得ず引き延ばし演出をおこなっていたり、オリジナルストーリーを挿入するなどして、原作漫画の軽快なテンポや、もともとの巧みな構成などを崩してしまっている部分も少なくなかったからである。もちろん、そんなギリギリの環境下で絶え間なく仕事を続けてきたスタッフの労力には敬意を払うべきではあるが。

 こういった忙しない方法に対して、例えば『鬼滅の刃』などの現在のアニメ化作品は、シーズンに分けてまとまった制作の時間をスタジオがとるといった、より合理的なスケジュールへと移行している。さらに原作数話分をアニメ版の1エピソードに凝縮する場合があるため、テンポや内容の濃さが、より原作に近いかたちで味わえるようになってきている。

 現在の『ドラゴンボール』劇場版シリーズについては、『ドラゴンボールZ 復活の「F」』(2015年)、『ドラゴンボール超 ブロリー』(2018年)、『ドラゴンボール超 スーパーヒーロー』の3作において鳥山明自身が脚本を書いていて、たしかに鳥山イズムを感じるものに仕上がってはいる。だが一方で、もともと原作の『DRAGON BALL』の設定が長期連載によって出来上がっていったものだということに思いを馳せると、登場キャラクターの多さや、人気キャラクターを活躍させるファンサービスの必要性など、それぞれ一本の映画として完成度を高めることが、なかなか難しい状況になっているのも確かなのだ。その意味で本作『SAND LAND』は、日本においても海外の観客にも、鳥山作品の完成度の高さを、映画というフォーマットで知るための良い機会になり得るのではないか。

 さらに本作は、メッセージ性が強いのも印象的である。魔物と人間の関係を通して、マイノリティへの偏見と弾圧を描いているところ、過去の戦争犯罪の被害と加害者の心理的葛藤、利益を独占し市民を搾取しようとする悪辣な社会システムと貧富の格差、そして嘘によって民衆を分断してコントロールしようとする権力者のたくらみなど、現在も重い問題として認識されているさまざまな社会的要素が描かれていく。このような試みによって、ここで描かれた世界は、それだけで完結されるものではなく、われわれの世界そのものの投影であり、そこでおこなわれる闘争と現状の克服は、多くの観客にも共通する問題を解決する希望として映る。

 本作『SAND LAND』は、鳥山明の本来の魅力を物語や構成の面から浮かび上がらせただけでなく、これまで以上に思想を強く押し出した部分を丹念に拾い上げることによって、『ドラゴンボール』シリーズ以上に、いま観ることに意味のある強靭な内容に仕上げることに成功したのだといえよう。

■公開情報
『SAND LAND』
全国東宝系にて公開中
キャスト:田村睦心、山路和弘、チョー、鶴岡聡、飛田展男、大塚明夫、茶風林、杉田智和、遊佐浩二、吉野裕行、こばたけまさふみ
監督:横嶋俊久
脚本:森ハヤシ
ディレクションアドバイザー : 神志那弘志
音響監督:岩浪美和
音楽:菅野祐悟
アニメーション制作:サンライズ、神風動画、ANIMA
配給:東宝
©バード・スタジオ/集英社 ©SAND LAND 製作委員会
公式サイト:https://sandland.jp/
公式X(旧Twitter):https://twitter.com/sandland_pj_jp
海外版公式X(旧Twitter):https://twitter.com/sandland_pj
公式Instagram:https://www.instagram.com/sandland_project/

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