『バード・ボックス:バルセロナ』は新たに何を描いたのか スピンオフ作品としての意義

『バード・ボックス』スピンオフ作品の意義

 Netflixオリジナル映画として、2018年の配信当時ぶっちぎりの視聴数を獲得し、いまでもNetflix歴代オリジナル映画視聴時間3位の位置につけている大ヒット作『バード・ボックス』。その物語は、“それ”を見ただけで人々が激しい自殺衝動にさいなまれてしまうという、世界各地に現れた超常的な存在の脅威にさらされる人々のサバイバルを描いた内容だった。

 このヒットは社会現象に発展し、サンドラ・ブロックやジョン・マルコヴィッチらが演じた劇中の人々が脅威を避けるために目隠しをしていた格好を真似して、目隠しをしたまま危険な行為に挑んでSNSに投稿するという「#Birdboxchallenge(バード・ボックス・チャレンジ)」なる行為が流行。17歳の少女が市内の道路で乗用車を目隠しで運転し衝突事故を起こすという事件が発生し、Netflixが異例の注意喚起をするまでに至ったほどだった。

 そんな『バード・ボックス』のスピンオフ作品『バード・ボックス:バルセロナ』の配信が開始された。同じ世界観ながら、製作国と物語の舞台をアメリカからスペインに移し、新たな人々のサバイバルが描かれる。まさにNetflixならではのワールドワイドな企画といえるだろう。ここでは、このスピンオフが前作からの設定を利用しながら、時代の変遷に合わせて新しく何を描いたのかを考えてみたい。

 スペインのスター俳優マリオ・カサスが演じる、本作の主人公セバスチャンは、娘のアンナとともに荒廃したバルセロナを巡っている、謎めいた人物。彼の背景は物語が進んでいくことで次第に明らかになってゆくが、間違いなく“異質な存在”だといえる。何しろ彼は、目隠しを使わずに外を歩いていても、ただちに死に至ることがないという、前作で描かれたルールに収まらない人間なのである。

 だがほとんどの人類は、“それを見たら自殺したくなる”という脅威によって激減している状態。歴史ある大都市バルセロナも、その機能は完全に崩壊し、わずかな生存者たちは屋内に閉じこもった生活を余儀なくされていて、やむを得ず外に出るときはもちろん目隠しを着用する。セバスチャンは、その数少ない人々と出会い言葉を交わすことになるが、ここで観客にとって気になる情報が提示される。あの超常的な存在をわざと見せて死に誘おうとする、“狂信者”と呼ばれる危険な者たちが生存者たちを狙っているというのだ。

 前作『バード・ボックス』が、映画『ハプニング』(2008年)や『クワイエット・プレイス』シリーズなどを組み合わせたような自殺衝動と謎の生物の強襲という超常的な脅威を見せることで暗示していたのは、むしろ現実の社会の問題だったといえよう。

 その問題の一つとは、前作の製作国であり原作小説が出版されたアメリカで、ここ20年の間に自殺率が増加傾向を見せていたということだ。一つひとつの自殺は、個人それぞれの問題から引き起こされるものだが、それが増え続けているデータを見れば、政治や社会の状況が一定の影響を及ぼしていることに思い至る。

 まだ死にたくないと考えている大多数の人々や、死の選択肢が頭によぎったとしても、身体的な苦痛や周囲の人々への影響を考えてとどまる人たちと、実際に自死を選んでしまう人の間にはボーダーラインが存在するといえよう。しかし新しく起こり得る状況や精神状態によっては、将来的にそのラインを超えてしまう可能性というのは、誰にでもある。著名人が自ら命を絶ったことを報道するとき、メディアが社会的影響や報道責任を考え、併せて注意喚起をするのは、負の感情を伝播したり、そういった選択肢が存在するという観念を拡散することを防ごうという意図もある。

 自死への原因や兆候は、はっきりと目に見えるわけではないので、周囲の人々が事前に止められない場合が少なくない。気持ちが目に見えないからこそ、われわれはいつか自分も何かしらの影響によってボーダーラインを超えてしまうことがあるのではないかと、潜在的な恐怖を覚えているところがあるのではないか。そのような精神状態に至る原因と考えられる外部のストレスから自分の身を守るため、われわれは知らず知らずに精神的な“鳥かご”に追いつめられているのかもしれない。

 その意味において『バード・ボックス』は、自殺が増加傾向にあったり、知っている人間や身近な人たちが死を選んだときに感じる恐怖の構図を、SF的なサスペンスとして表現し直していたとも考えられるのだ。ちなみに新型コロナウイルスのパンデミックは、『バード・ボックス』が配信された後に起こった事態だが、偶然にもこのような内容が現実の状況を予言したかたちともなった。

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