『バード・ボックス:バルセロナ』は新たに何を描いたのか スピンオフ作品としての意義
そして、もう一つの社会問題は、情報の不確かさが社会に引き起こす影響である。人類史のなかでは、これまでもさまざまな国や地域において一般市民が戦争に参加させられたり、ある民族を大量に殺害するような行為によって犠牲者が生まれてきた事実がある。それまで善良に暮らしていたはずの市民が、凶行に手を貸してしまう……そんな事態が発生する土台にあるのは、誤った情報が流布されたり、偏った先入観が温存される環境にあると考えられる。
とくに近年はSNSの発達によって、デマや扇動が伝わる速度や規模が大幅に増大し、それに端を発した事件も続々と起きている。そしておそろしいことに、誰もが煽動の熱狂に乗せられる可能性があるのだ。そんな情報を“見ること”自体が脅威になり得る時代に、われわれは生きている。「バード・ボックス・チャレンジ」もまた、時代が引き起こした現象の一つだった。
デマや扇動は誰かに被害を与えることに繋がるが、乗せられた人たちもまた一種の被害者だといえる。だが煽動された被害者は、さらにそれを積極的に広めることで加害者になってしまうのも確かなことだ。この悪循環によって、被害者と加害者が同時に生み出され続けることとなる。それはまた、反社会的なカルト宗教の広がりの構図とも無縁ではない。本作に新たに加えられた“狂信者”という要素は、その問題を追及したものだと考えられるのである。
やっかいなのは、カルト的な陰謀論や差別的な考えが、人間の情にうったえかけてくるところだ。われわれの持つ“自分たちの生活や家族を守りたい”という素朴な思いや、“悪事を許せない”という正義感、“幸せになりたい”という願いが利用されることで、誰の心のなかにも存在する先入観や偏見を正当化し、弱い立場の人々に害を及ぼす片棒をかつがされる結果になってしまうことが、往々にしてあるのだ。本作で描かれるのも、最も大事にしている存在を守りたい、一緒にいたいという、誰にとっても共感できる感情であり、それがかえって人の道を外れた凶行に向かわせてしまうという悲劇である。
では、一人ひとりが脅威や迷妄から脱し、社会が健全化するためにはどうしたらいいのか。その答えの一つになり得るのは、個人が自分の行動を立ち止まって、本当にそうすることが必要なのか、それがどんな結果を及ぼすのか、そして誰かの思惑に踊らされているのではないかということを、まず自分の頭で冷静に考え振り返るプロセスを踏むということではないだろうか。
自分自身が信じているものを否定するのは、最も難しい行為だといえる。しかし、だからこそそれを成し遂げる者は、勇気ある存在だといえる。そして本作は、その精神的なプロセスをこそ物語を通して伝えていると考えられるのだ。
作品が大きなヒットを達成すれば、続編やスピンオフ作品がただちに企画されるものだ。そこでは、前作のスペクタクルをスケールアップしたり、より興奮するような見せ場を用意するという試みが期待されがちだ。しかし『バード・ボックス』のように、現実の問題に密接にかかわる作品を受け継ぐのなら、このようなテーマの深化や新しい視点をとり入れることも重要になるのである。
■配信情報
『バード・ボックス:バルセロナ』
Netflixにて配信中
ANDREA RESMINI/NETFLIX © 2022
LAB CREATIVE STUDIO/NETFLIX © 2022
VICTOR BELLO/NETFLIX © 2022